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「ま、グチ言っててもしゃーない」
山田はパンッと両手で頬を叩き、いつもの笑顔に戻った。
「しんみりした話のついでで申し訳ないけど、平岩、お前が研究所に居座る理由って、まだ三山なのか?」
三山。平岩の脳裏に、砂漠を、雪原を、楽しそうに掘る女性の姿が浮かぶ。
「まだ、遺体は見つかっていない。もう見込みはないのは分かっているけど、死んでしまったと吹っ切れそうも無くてね」
三山愛は、博士号取得後、すぐに古生物探索隊に入団し、温暖化で溶けたシベリアの、新しい雪原へとフィールドワークへ出発した。彼女の記録は、そこで途切れている。氷上のクレバスに転落したという未確定の情報があるだけだ。
平岩の白衣のポケットには、チタンのリングが一つ、大切に入っている。
「そろそろ特別失踪宣告が出されると、人づてに聞いたよ。宣告と同時に、形だけ葬儀を行うらしい。さて、それよりもメシにするか」
しんみりした話題から、メシの話題に切り替える。山田の心遣いが嬉しかった。
「ちょっと待ってくれ。今、モデル作成が忙しいんだ」
平岩は昼食の申し出を断った。
「メシ食わないと、身体に悪いぞ。俺も、お前のモデルに興味がわいた。見てみたい」
「まったく」
平岩は自身の研究室に戻り、4センチ四方ほどの正6面体のマテリアルを、休憩室まで両手で運んだ。
「へえ、これが『灰色の脳細胞』って訳か」
山田はマテリアルを色々な角度から眺め、つぶやいた。
「永久凍土から発見されたマンモスのDNA。そこから神経細胞を作る因子を抽出し、こうして箱型の培養器で神経細胞を分裂、培養させているのさ」
「良く培養できたな」
「通気口を作ったのが良かったんだ」
平岩は培養器の横にある穴を指さした。
「どのくらい保つんだ」
「この状態で、48時間くらいかな。中に入った培養液が尽きるまで」
「なるほど、さて、マンモスの脳細胞を見ながら、ランチをとるのも一興だ」
山田が弁当箱を開く。奥さんの手作り弁当だ。
「おお、うまそう!」
平岩は思わず歓声を上げた。ワラビの煮物が、つやつやと光っていた。独身で、実家暮らしでもない身にとって、山菜はご馳走だ。
「やっと葬式ムードから脱したみたいだな。もう一つ、最近の論文から面白いものを自作したんだよ。平岩、お前、中庭からトマトの鉢植えを持ってこい。ついでにワラビもな」
山田がおもむろに椅子から立ち上がり、自室へと向かう。平岩はどういう思考回路をしているんだとあっけにとられながら、しぶしぶ中庭に出て、ミニトマトとワラビが植えてある茶色い鉢を、左右の手でつかんだ。
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