考古学研究所(現在)

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 平岩が二つの鉢植えを持ち、休憩室へ戻ると、山田はテーブルの上にパソコンを広げ、音響機器のようなものをセッティングしていた。 「何だ、ずいぶん大がかりだな」 「まあな、ちょっと面白いものを作ったんだ」  山田は子供のように笑う。 「トマトを一つ、もいでみろ」 「ああ」  平岩は力を込め、なるべく熟した赤いミニトマトを一つ、もぎ取った。 「トマト、キッタ、トレタ、イタイ、ビタミン、アマイ、スッパイ」  マイクから、機械の合成音が音楽のように流れる。 「何だ、こりゃ」  平岩は驚きのあまり、トマトを床に落としてしまった。 「植物が切られたりした時、人間には聞こえない音波を発するという論文を見つけてね。そこから一歩進めて、音波をチャットAIにつないで、音声をつける装置を作ったのさ」 「なるほど、それで尤度(ゆうど)(それらしい)の高い単語が羅列されたって訳か」 「そういうこと。シェイクスピアでも話せば面白いんだけどね」 「植物からは、無理だろう。対話型AIなら、その内可能にはなるかもしれないけどな」  平岩は床に落ちたミニトマトを拾い、白衣のすそで拭いて、口に放りこんだ。甘酸っぱい汁気が口いっぱいに広がる。 「俺も休憩して、メシにするか」  平岩の昼食は、いつも大学の生協で購入する日替わり弁当だ。 「せっかくワラビの鉢植えも持ってきたんだ。何本か失敬して、料理しろよ」  山田が卵焼きをほおばりながら、口を出す。 「お気持ちはありがたいが、アク抜きしなきゃ料理できない複雑な食材は、俺には手に余るな」 「マンモスのいた時代は、ワラビみたいなシダ植物がたくさんあったんだろうな。マンモス肉とワラビの煮物とか、美味しそうじゃん」 「マテリアルを食うなよ」  平岩はけん制した。山田ならやりかねん。 「さすがにそこまではしないって。どんな試薬が降りかかっているか、分かったもんじゃない」  突然、研究所の電話がプルルと鳴った。山田がワラビを噛みつつ、受話器をとる。はい、はい、と二言話して、顔色がどんどん青くなっていった。スマホを取り出し、片手でメモを始める。ずいぶんと長い電話だ。    十分ほど経過した後、電話が切れた。 「何事だ?」  平岩の問いに、 「三山、見つかったって」  と沈鬱な声で答えが返ってきた。今度は平岩の心に、衝撃が走った。雪原で消息を絶ったのだから、九分九厘、死亡しているだろう。しかし、心の片隅には、ほんの少し、生存しているという希望的観測があった。だが、今の電話で、希望は砕かれた。 「今、自宅に着いた所らしい。平岩、お前にはどうしても葬儀に参加してほしいと、強く懇願されたよ。今すぐ新幹線に乗れば何とかなるだろう。行け」  有無を言わせぬ、命令口調だった。
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