再会の時

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再会の時

 山田の強い言葉に、平岩は取るものもとりあえずアパートに走った。  山田に言われるまでもなく、三山の葬儀には参列する予定だった。だが、それは失踪宣告が出た時だと思い込んでいた。こんなタイミングで遺体が見つかるなど、考えてもいなかった。喪服の準備などしていない。大急ぎで黒っぽいスーツに着替え、引き出しにしまっておいた数珠を取り、制限速度ぎりぎりで車を飛ばし、駅へ向かう。  もうすぐ三山に会える。  平岩の心に、若いころの恋心が蘇ってきた。研究以外に胸焦がす日々。新幹線の車窓から見える、流れるような風景よりも早く、走馬灯のように楽しかった日々が思い出される。  ポケットのスマホが振動した。山田から、葬儀場の地図が送られてきた。平岩は、心底親友に感謝した。  続いて、長いメールが送られてくる。  三山を発見したのは、地元の調査隊だった。クレバスの、氷の隙間に挟まって凍死したらしい。氷の先には、見事なマンモスが冷凍されていた。恐らく三山はマンモスを最初に発見し、独断で行動したようだ。それが原因ではぐれてしまったらしい。  三山の家族には、海外で遺体が発見され、身元が判別したところで連絡がついた。しかし、正式に婚約したわけではない平岩の元には、通知が遅れてしまった。という経緯だった。  平岩はターミナル駅で降り、コンビニに駆け込んで香典袋を買う。息が切れるが、気持ちの方が前に出た。正面入り口まで一気に走り、タクシーを拾う。  タクシーの車内で、サイフから3万円を抜き取り、香典袋に入れた。葬式なら、新札でなくとも良いだろう。筆ペンを忘れたので、仕方なくボールペンで名前を書く。タクシーの揺れで、文字が曲がってしまった。  三山愛の葬儀場は、クリーム色の、落ち着いた建物だった。平岩はタクシーのドアを開けてもらい、葬儀場の自動ドアの前に立った。日は落ち、月がぼうっと見える。  平岩は深呼吸を一つし、職員に三山が葬儀される部屋を聞いた。黒とクリーム色を基調とした廊下を歩く。線香の香りが漂ってきた。60歳くらいだろうか。真っ黒な喪服を着た女性が、ハンカチで目じりを押さえながら来客に対応していた。  顔立ちが三山そっくりだ。恐らく、母親だろう。 「すみません」  平岩は女性に声をかけた。 「わたくし、三山様の学友の、平岩と申します。喪服も用意せず、申し訳ありません。このたびは、」  言いかけたところで、女性に手を取られた。微かに震えている。 「三山の母でございます。本日は無理を言って、こんな遠方までご足労いただきました。これを」  かすれた声で話し、平岩の手のひらに小さな金属を乗せた。  間違いない。告白で渡した、チタンの指輪だった。  押し殺していた感情が、ぐっとあふれ出す。平岩はこみ上げてくる涙を、スーツのそででぬぐった。 「三山さんのお顔を拝見することはできますか?」 「7年近く氷漬けになっておりましたので、できればご遠慮を。エンバーミングと言うんでしょうか、死に化粧もしっかりしてありましたが、それでも」  あまり良い状態ではなかったと言う事か。予想はしていたが。  葬儀場には、満面の笑顔を湛えた、三山の遺影が飾ってある。平岩は遺影の写真をとった。 「平岩様。愛の最期の文章です。突然で申し訳ありませんが、あなた宛てでした。どうか、読んで下さいますでしょうか」  三山の母が、水で濡れた、よれよれのノートを取り出した。平岩は、覚悟を決めて、受け取る。  今にも破れそうなノートを、慎重に一枚一枚めくる。日記と、研究記録を一緒に書いた私的な文書だ。温暖化で氷が溶けて、新しい研究フィールドが現れた喜びと、地球温暖化への懸念が冒頭に記録されていた。  平岩はページをめくる。  やがて、最後のページにたどり着いた。
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