血の鎖

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「これを食べてあなたは死ねば良い。」 拒食症気味な姉からかけられた言葉だ。 私の前に笑顔で運んできたあの黄桃の缶詰。 甘くておいしい黄桃の缶詰が、毒の入った食べ物に見えた。  今思うと姉はいつもイライラしていた。 日常のふとした事ですぐ怒り出す。 私の自由を嫌い、私の幸せを一瞬のうちに壊して行く。私はその都度泣き、私はその都度殻に閉じこもった。  本当の自分を殻に入れると、少し楽だった。 本当の自分はいつも私の上から私のことを見ていた。 泣いている私を悲劇のヒロインに仕立てていく。 いったい自分が何者で何故に産まれてきたのかわからなくなる。  何より姉との血の繋がりがあることに疑問を感じた。兄弟だというのに、性格も見た目も真逆な彼女。  彼女は、頭がよく、スタイルも良いし、世間をうまく渡れて、私は頭が悪く、ブタで人と馴染めない。  なのに姉ときたら、私の体質の良さまで憎み奪おうとする。  だから益々殻に閉じこもった私は死を考えて手首を切った。何度も、何度も。 親は私を半目を開けて見ていた。 気づいていたはずなのに放置された。 本当に死んでいたら親は悲しんだのだろうか。 私が姉から開放されたのは、姉が就職をして家を出た時だ。嬉しくて嬉しくて、笑いが止まらなかった。畳に大の字で寝転びようやく自由を手に入れたことに喜びを感じた。  実家を安心な居場所だと感じたのはこの時がはじめてだった。 あれから月日が経ちようやく私は実家からの解放の時を迎えた。  私は結婚をしたのだ。 親が好まない相手を選んだのだ。 親は反対をした。私を金で繋ぎ止めようとしてみたり、私を実家に縛り付けようとしてきた。  姉は、ここぞと言うように良い子で常識的な自分を親に披露していた。笑いがとまらない。  私を殺そうとしたのに、私を愛している自分を演じなくてはならない姉はどんなに苦しいだろう。  私は勘当された。 何もかも失ったが、何もかも幸せな新しい生活を手に入れた。誰にも邪魔などさせない。  邪魔をするやつは排除だ。  私は闘った。負けまくって、負けるたびに成長して今を迎えた。 闘いは孤独だし辛かったが、姉に虐げられた日に比べたらどんなに幸せなことだろう。 私は見えない敵を倒すために、自分の苦手を得意にするために努力をしてきた。 努力をするにはエネルギーが必要だ。 私は石炭を常に補充し続けて走る機関車みたいに走り続けた。  気がついたら10年もの月日が経っていた。 楽しむこともわからなくなって、自分の好きなこともわからなくなってしまった。  私は殻にすら閉じこもれず、空っぽになってしまったのだ。  空っぽなのに、身体は重く体調は最悪だ。  ある日、スーパーで買い物をしていたら急に空っぽな自分に気づいてドキッとした。  何もない自分は、このまま無になって死んで行くのだろうか。  私は焦った。 そして色々な事を思い出しあれこれとやった。 やればやるほど、私の忘れていた好きな事を思い出し、やればやるほど私が闘ってきた敵が誰かが、わかってきた。  私は生きるために実家で良い子を演じていたのだ。やり方は姉とは違うが、私も同じだ。  鎖に繋がれた私たち姉妹は鎖を外してもらうために良い子になる選択をしてきたのだ。  バカな私は今だに鎖を外せないでいたのだ。  鎖を外さないことは悪いことではない。 だが、鎖を外さないと自分は戻ってこない。 魂が抜けてるみたい。私は死んでいたのだ。  死んだ人が生きている人と同じところで闘うから何もかもが続かないしうまくいかないし、豊かな生活なんて手に入るはずはないのだ。  私はまた茨の道を行く。 同じ戦いだが、自分の得意な戦場で今度は見える敵を相手に命を燃やして行こう。  
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