キ・リ・ゲリ(笑う門には福来る)

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 天狗は、トマト以外にも布由の食べるものと全く同じものを食べた。  天狗は孵化した時から既に少年の姿をしていたが、多分、それも布由が孵化した影響だろうと思われた。布由と一緒に食事をとり、笑って過ごすうちに、どんどん大きくなった。  布由が15歳になった頃には、すっかり青年の姿になり、身長も布由を追い越していた。 「ただいま、天狗さん」  天狗は、畑の一角の柿の木の細い枝の上に、器用に一本下駄で立っていた。  布由は柿の木を見上げて、天狗に声をかける。3枚だけ残った柿の葉がわずかに揺れた。 「布由、帰ってたのか……!」  布由が中学校から帰ってきたと分かると、嬉しそうにぴょいと飛び降り、重力なんか感じさせない軽やかさで舞い降りた。天狗の手に持つ錫杖が、シャランと金属の気持ちよい音を奏でる。 「ずいぶん大きくなったねぇ。天狗さん」  自分の頭を越えて30㎝は大きい天狗の頭に手をやって、自分との身長差を確認する。もう背伸びしないと、届かない。 「これが本当の俺の姿なんだ」  くるくると錫杖を回してみせる。  自分(布由)が学校に行っている間に天狗は何をしているのかと聞いたことがある。  天狗は「修行」とだけ答えていた。  布由はオテンバで、学校から帰るとよく山に入って天狗と遊んだ。  うっかり地中のスズメバチの巣を踏み抜いたこともある。野生の猿や猪に会い、襲われたこともある。  だけど、いつも天狗が助けてくれた。 (修行の成果……だよね)  天狗が錫杖を一振りすると、どこからともなく風が吹き、襲ってきたハチを吹き飛ばした。猿や猪には雷を落とした。  春のタケノコ堀では、わずかに地中から顔を出したタケノコを見つけては、布由に取らせた。山菜だって、天狗がどこに生えているか教えてくれる。だから、誰よりもたくさん採ってくることができて、みんな羨ましがったものだ。中には意地悪く、布由は秘密の採取場所を知っているのに教えてくれないなどと言う者が居たが、そんな場所などない。だから、教えようなどなかった。
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