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「背が高くて、かっこよくなったよ」
お世辞抜きで言ったのに
「よせ。親ばかめ。それに、人間に煽てられて喜ぶ俺じゃない」
天狗は頬を赤らめながら、布由から褒められるのを嫌がった。
「あら。親ばかなんかじゃないのに」
「うっせ。お前の方こそ……」
天狗は目を細めた。
「何?」
布由はもうすぐ中学を卒業する。
セーラー服を着ていられるのも、後わずかだ。
「……大きくなったな」
「うーん、そんだけ大きくなった天狗さんに言われても、ねえ」
布由は苦笑いを浮かべた。
「布由! あんた、また……!」
突然、まさに雷のような母の叱責が飛んできた。
「わ、びっくりした。何? お母さん。大きな声を出して」
「あんたって子は、もう! また独り言をブツブツと……」
天狗の姿は、布由以外に見えない。
小さな頃は「可愛い」で済まされていた布由の「ここに天狗が居るのよ」という話を、母も友達も、誰も信じなかった。
「他人があんたのことをなんて言ってるか、知らないの? 『嘘つき・布由』『布由は、頭がおかしい』『変な子だ』って噂しているのよ。そんな所でブツブツと独り言を言うのは、やめなさい」
「嘘じゃないわ。お母さん。本当に、ここに天狗さんが……」
何も居ない柿の木を指す布由に、
「やめなさいってば!」
ひときわ高く声を上げると、母はその手を振り下ろした。
ばしっと肉を打つ音が聞こえた。
「え……?」
今まで注意されたことは何度もある。
だが、叩かれたのは初めてだ。
「お母さん……?」
頬を叩かれたはずみで、布由の髪が乱れて暖簾のように顔にかかった。見えにくい視界で母を見た。
般若のような顔で睨んでいる。
鬼気迫る顔とは裏腹に
「やめなさいって言っているのに……」
母のくぐもった涙声に、布由は狼狽えた。
「や、やだ、やめて。お母さん。痛いっ! 痛いよ!」
「あんたって子は、あんたって子は……!」
ばしっ。
ばしっ。
母は穏やかな人だった。
こんな暴力を振るう人ではない。
だけど、この日の母はどこかおかしかった。
近所の者に噂され、酷く神経質になっていたのかもしれない。
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