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とある化け猫の場合
詰め襟シャツに着物に袴姿で配信開始ボタンをクリックし、彼が「おはよう」と声を出せばチャット欄で視聴者も挨拶を返した。彼は顔出しゲーム実況を中心に活動している配信者、招きにゃんだ。
検索すれば『確実に染めているのに何故かサラサラ艶々のプリン頭、10代前半にしか見えない顔と声、八重歯と猫目がチャームポイントの合法ショタ』と書かれている。視聴者は比率で見ると圧倒的に社会人の女性が多いが、ゲーム実況というカテゴリから流れ着いた男性ファンや学生も少なくはない。
「今日は怪獣ハンターやる」
怪獣ハンターシリーズはプレイヤーが狩人となって怪獣を狩り、素材を集め、ストーリーやクエストをこなしていく人気ゲームシリーズだ。年齢制限があり、10代前半の購入やプレイを禁止されている。いつもの流れとしてチャット欄がざわつく。
『それ15歳以下は買えないはずでは?』
『だめだよ、15歳以下がやったら』
『炎上するよ?』
「皆15歳以下はだめって……だから僕成人してるってば!このゲームやっても炎上しません!何故なら大人だから!!」
お決まりの流れ故に招きにゃんこと三上福も怒るようにツッコミを入れつつその口角は上がっていた。同時にチャット欄も笑いで溢れ、和気藹々とした雰囲気になる。
確かなプレイスキルでゲームを進めながら、有料チャットに答えていくのが彼の配信スタイルだ。今日も早速有料チャットが目に留まる。
『いつも見てます。招きにゃんはいつも配信中に茶色い飲み物を飲んでいますが、あれはココアでしょうか?また、他に好きな飲物や食べ物があったら知りたいです』
「Aileenさん有料チャットありがとう!そうそう、いつも飲んでるこれはココア」
福はカメラに向かってココアの入ったコップを掲げて見せた。それから倒した敵から出た素材を拾いながらじっとカメラを見つめて考える。
「うーん……他に好きな飲み物食べ物かぁ……。甘い飲み物は好きだなぁ、オーレ系とか。あとお酒。日本酒の甘口のやつ好き」
『未成年飲酒だめだよ』
「未成年飲酒だめだよって、だから大丈夫だよ!何故なら大人だからね!!」
恒例のやり取りで笑みを溢しつつ、素材を拾い終えた福の操作キャラクターはその素材を使って装備や料理を作りはじめる。ゲーム画面でクリームシチューを作りながら福が口を開いた。
「シチューさぁ、味は好きなんだけど猫舌だから熱いの苦手なんだよね。生魚好きだから寿司とか海鮮丼とか好きだよ。肉も食べるけどどちらかと言うと魚派」
『デザート系は?』
「デザート系?……うーん……ワッフルかなぁ。ジャムつけて食べるの好き」
ワッフルにジャム?と不思議がるチャット欄の中、『うちのじいちゃんと同じ食べ方で草』というコメントが流れていく。それを見た福はクエストをこなしながら目を輝かせ声を弾ませる。
「お、もしかしておじいちゃん大正生まれ?昔はワッフルといえばジャムだったんだよねー!」
思わず懐かしさに目を細めて語ってしまい、福は心配そうにチャット欄を確認するが、幸いチャット欄は『デザートの歴史に詳しいの可愛い』で済んでいるようだった。密かにほっと胸を撫で下ろし、福は次の有料チャットに答えつつゲームを進めていく。
一刻ほどした配信を切った福は、窓の外の茜色の空を眺めると何かいいことを思いついたように笑みを浮かべた。それからひとり暮らしの部屋を出て、人気もカメラもない場所に隠れるとみるみるうちに縮んでいく。その姿が三毛猫になると塀の上へ飛び乗り東京の街を駆けていく。
目当ての家に着けば、そこに住み着いている綺麗な黄色い目をした化け猫の妖を呼んでみる。渋々といった様子で家から猫の姿で出てきた彼女は、福を一瞥して溜め息を吐く。
「あんた、よくここに来るけど他に友達いないわけ?」
「別にいいじゃんか。ここがいいんだよ」
ここには君がいるから、とは続けられないのが福である。元が猫だからかどうにも愛だの恋だのがわかっていない彼らは、どちらもその発想が欠如しているようだった。呆れたようにまた溜め息を吐いた彼女は、けれど暫く雑談に付き合う程度には福を受け入れている。
辺りが暗くなり、彼女が家主に呼ばれて解散すると、福は菜種油色の瞳を光らせて帰路につく。今日も彼女との時間は楽しかったと気分良く歩いていた福の横を、車体を低く排気音を改造した車が明らかに速すぎる速度で走り抜けた。
運転手はまだ気がついていないようだが、その先では子猫が道路をよちよちと渡ろうとしている。このままでは子猫は確実に命を落とすだろう。福は助走をつけて車の前面を目がけて思いきり飛び、空中でその体を膨らませると、大型トラックほどの大きさで車の進行方向を塞ぐように道路に着地した。
光る両目がちょうどトラックのヘッドライトに見えたのか、突然目の前に対向車が出てきたと勘違いした運転手が慌ててハンドルを切り、ガードレールにぶつかる自損事故を起こす。福は他に目撃者が出ないうちにただの三毛猫に戻り、轢かれそうだった子猫を咥える。
車から降りた運転手は辺りを見渡すと、トラックなどどこにもないことに首をかしげ、それから愛車が破損していることに頭を抱えた。福はそれを冷めた目で一瞥し、遠くで子猫を捜している母猫の元へと去っていく。
自損事故を起こした者が「トラックが急に」と話すなら、それは幻覚でも錯覚でもなく、彼の仕業なのかも知れない。
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