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◆【九条湊side】不審な男たち
GW期間中ということもあって、客足は途絶えることがない。
晴冬から不審な男が二人いるという連絡が来て、俺は礼桜ちゃんを外から見えにくいところへと誘導していたが、お客様が多いため、それもすぐに限界を感じた。
なので、窓に備え付けてあるロールスクリーン(ロールカーテン)を3分の1ほど下ろし、非常口にいる男からは完全に見えないようにした。問題は路地にいる男だが、お客様が多いということは、広くない店内の人口密度が上がるということなので、礼桜ちゃんをカウンターの中に戻し、商品を出したり、包装したり、お客様の姿で礼桜ちゃんがよく見えないようにする方向に切り替えた。そして、路地にいる男からよく見える場所に俺が立つようにした。
午後4時頃、客足が途絶えたのと同時に店を閉めた。閉店時間はいつも適当だから問題ない。礼桜ちゃんだけが「もしかしたらまだお客様 来るかもしれませんよ」と心配していたが、「晴冬の歓迎会があるから」と笑って言うと、心配しながらも納得してくれた。
いつも適当に閉めててよかった。
◇◇
さて、問題はここからだ。
客入りを見ながら徐々に閉めていったロールスクリーンは、既に窓一面を覆っている。向こうからは何も見えないだろう。
俺は今日、前髪で目元まで隠したもっさい髪型ではなく、前髪は下ろしているけどスタイリッシュにセットし、眼鏡をかけた。
今日は少しだけ格好良く見えるようにした。
俺を撮ったことで満足して帰ってくれるといいのだが……。
後片付けをしている礼桜ちゃんに「2階のごみ集めてくるね」と言って上に上がった。
部屋では晴冬がモニターを監視している。
「おつかれ。どんな? まだおる?」
「まだおるね~。ゴールデンウィークなのにご苦労さまなことで。……暇なんやろか」
「どうでもいい」
「たしかに。で、この後どうする予定?」
「ん~、どうしようか考え中」
俺が先に出て奴らを引き付け、その隙に晴冬と礼桜ちゃんを出すか。でも、もしターゲットを礼桜ちゃんに絞っているなら、俺が先に出ることで逆に礼桜ちゃんに危険が及ぶ可能性が高まるし。
さて、どうしたものか。
そういえば……仕事が終わった洸君から連絡が来てたな。
◇◇
カランコロンカラン
「おつかれー」
低音ボイスが事務所まで聞こえてくる。
「あっ、洸さん、こんにちは。どうしたんですか?」
ドアベルが鳴ったので店内に向かった礼桜ちゃんが、洸君に挨拶している。〝洸さん〟呼びに、少しだけ胸がジェラっと燃えた。
「よう、湊」
事務所に入ってきた洸君は、髪は下ろし黒のキャップをかぶって、眼鏡をかけている。どこから見ても強面の刑事だとは分からない。洸君は刑事のときとプライベートのときの雰囲気が真逆なのだ。
刑事のときは、髪をかき上げてセットし、鋭い双眸と相まって一気に強面の刑事になるが、プライベートのときは髪を下ろし眼鏡をかけて目元を和らげているので、カジュアルな服を着たら優しいお兄さんに変わる。もしかしたら洸君の同僚でさえ気づかないのでは……。ここまで見事に雰囲気を変えられるのはもはや才能だと、兄もよく洸君のギャップを笑っていた。
◇◇
「ほな、礼桜ちゃん、俺たちは先に行こうか」
「はい」
「礼桜ちゃん、これかぶっていき!」
「……帽子?」
「スカートも短いのに、変態に目え付けられたらどないするん!」
「……別に、スカート短くないですし、大丈夫ですよ。洸さんもいますし」
「あかん!! 洸君を恨んどるやつもぎょうさんおるかもしれへんやろ!」
礼桜ちゃんは晴冬の失礼発言を気にして洸君を申し訳なさそうに見ているけど、そんなことを気にする洸君じゃない。
「まあ、ぎょうさんかどうかは分からんけど、恨んどるやつはおるやろうなあ」
「……そうなんですか」
「刑事やからね。心配性のオヤジもどきが五月蝿いから、帽子かぶっていけば?」
「……晴冬さん、これ、晴冬さんの帽子ですか」
「俺の違うよ。湊のやで」
「は!? 晴冬さんのじゃなくて? 九条さんの?」
「そうやけど」
「…………」
礼桜ちゃんの晴冬を見る目が絶対零度になっている。俺の断りもなくなに勝手なことをしているんだと目で訴えている。口ほどに物を言う礼桜ちゃんの瞳は、可笑しくて、可愛くて。笑いそうになるのを必死で堪えた。
「礼桜ちゃん、俺のやけど、かぶってくれてええよ。晴冬の言うとおり、今日の礼桜ちゃんは可愛いから変態に目えつけられたくないし、洸君、結構恨まれてるから」
「……洸さん、そんなに恨まれてるんですか? たしかに最初は怖かったけど、優しいのに……」
最後は明らかに礼桜ちゃんの独り言だろう。洸君も礼桜ちゃんの言葉に瞠目したあと、くっくっくと愉快そうに笑っていた。
「じゃあ、礼桜ちゃん、俺と一緒に先に行こか。善くん今日は臨時休業にするって言うてたから、首長くして待ってんで」
「はい」
洸君は〝礼桜ちゃんを迎えに来た友達〟のように振る舞いながら扉を開けた。
背が高い洸君が、帽子を深くかぶった礼桜ちゃんを男たちからよく見えないようにうまく隠している。洸君自身もにこやかな雰囲気を出しつつ、礼桜ちゃんを見るような感じで下を向いて笑っている。写真には洸君の口元しか映らないはずだ。
俺と晴冬はモニター越しに不審な二人を監視していた。二人は一応写真は撮ったようだが、動く気配はない。
20分後、俺は店を出て表から堂々と鍵を閉めた。
残った晴冬から、俺を尾行することもなく奴らは帰っていったと連絡を受けた。
詰めが甘いというか何というか、いい加減な奴らで本当に助かった。
晴冬は、二人が立ち去ってしばらく様子を見た後、店を出た。
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