◆ある男の憂鬱⓪

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◆ある男の憂鬱⓪

——3月下旬 大阪府内某所—— 「おい、まだ見つからねえのか!」 「すみません、家じゅう探しているのですが、どこにも見当たりません」 「もしかしてここにないんじゃ……」 「もう1回よく探せ! 何としても見つけ出すんや!」  どこにあるかさえ分からない、存在するのかどうかも不明なを探し始めて5か月以上が経過した。  家の床はいろいろな物で散乱している。  探すのも段々苦痛になってきた。  部下に負担をかけているのも心苦しい。  クソッ! 何で俺らがこんなことしなきゃなんねえんだ。  どうしてこうなった。  俺は苛立ちを隠せないまま外に出た。  3月下旬の夜はまだまだ冷え込みが激しい。  俺はコートのポケットに手を突っ込むと、住宅街の中を公園へと向かって歩き出した。 ◇◇  家の近くには大きな公園がある。  車を公園の入り口に回すよう伝えているが、まだ来ていないようだ。  苛ついていた俺は、車が来ていないことにさらムカついた。  最近腹立たしいことばかり起こっている。  俺は気が立っている心を鎮めるため胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。  煙と一緒に苛立ちを吐き出しながら何気なく目線を上げると、満開の桜が一本だけ佇んでいる。  公園の街灯がライトアップに一役買っており、漆黒の闇を背景に咲き誇る満開の桜が、妖しくも眩しく映る。  たった一本の桜にもかかわらず、見る者を圧倒させる見事な咲っぷりに目を逸らせずにいると、急に強い風が吹いた。  その瞬間、一斉に舞い上がる桜の花びら。  月がかかっている夜空に薄紅色の花びらが舞い上がった。まるで映画のワンシーンのような、瞬きすることさえ惜しいほどの美しい光景が目の前に広がっていく。  しばらくの間、俺はその光景に見惚れてしまった。  ……ふっ、こんな俺でも、桜を見て綺麗だと思う心はまだ残ってるんやな。  自嘲し、煙草を靴底で踏みつけると、俺は来た車に乗り込んだ。
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