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初めての事情聴取
大きな音に驚いてドアのほうを見ると、「湊、俺、今日非番なんやけど」と言いながら、一人の男の人が入ってきた。
20代半ばぐらいで、身長もお兄さんとあまり変わらないほど高く、お兄さんよりも筋肉質で引き締まった体格の人だった。お兄さんは細マッチョって感じがするが、この男の人はお兄さんより筋肉のつきがいいようだ。
ただ、目つきが悪いのか、眼光が鋭いのか、威圧感が半端ない。
「洸くん、非番なのにごめんね」
どうやら知り合いのようだ。その男の人に話しかけながら、お兄さんは席を立った。
お兄さんの動向を見ていると、もう1杯コーヒーを淹れている。
そのまま二人の動作を見ていると、洸くんと呼ばれた人は、ソファーに座る場所がないため、デスクの椅子を持ってきて座り、ソファーに座っている私たちを睨むように見ている。
怖っ。視線だけで射殺されそうで、私は速攻で目をそらし、コーヒーを飲むことに集中した。
◇◇
「んで? ひったくり犯がいるって聞いてきたんやけど」
お兄さんがコーヒーを置いた瞬間、威圧感のある低音ボイスで尋ねてくる。目つきも悪いし、声も低くてドスが利いてるし、ほんと怖い。
……嫌だ。もう帰りたい。
お兄さん以外体がこわばっているように見えた。怯んでいるのは私だけじゃないことに少しホッとしながら、私の前の席に座るお兄さんを見た。
お兄さんは私を見て少し微笑むと、みんなに向かって口火を切った。
「全員揃ったようですので、とりあえず自己紹介からしましょうか。
僕は九条 湊といいます。ここの店の店長をしています。
そして、今来てもらったのが、僕の知り合いの刑事さんです。立ち会ってもらったほうがいいかと思い、呼ばせていただきました」
「天王寺署の黒河内だ」
おお!
警察手帳を見せながら名乗るシーンはドラマやアニメでは何度も見てるけど、生で見るのは初めてなので、ちょっと心が躍ってしまった。
それを運悪くお兄さん――九条さんに見られたようで、またもやフッと笑われた。
しまった! 見られていた。
人から「あまり表情に出ないよね」とよく言われるので顔には出てないと思うけど、目が輝いていたのだろうか。
でも、それは仕方がないと思う。だって、警察手帳を見せながら名乗られるなんて、人生で初めてなんだもの。スクリーンの中で見るシーンが実際に見れたんだから、目が輝いていても仕方がない。
……そういうことにしておこう。
刑事の黒河内さんは、詳しいことが聞きたいということで、私たちに説明を促した。
最初に、私の隣に座っている被害者のおばあちゃんが話し始めた。
「寺岡すみえといいます。
私は、天王寺で孫娘に贈るネックレスを引き取った後、四天王寺さんに寄らせてもらいました。
参拝を終えて、谷町線で帰ろうと思い、表の道に入ったところでひったくりに遭うたんです。バッグを盗られた衝撃で転んでしもて……。大事なネックレスが入ってたので必死に声を上げたら、このお嬢ちゃんが取り返してくれたんです。お嬢ちゃん、ほんまおおきに!」
寺岡さんは私のほうを向きお礼を言ってきたので、私は恐縮してしまい、両手を振りながら「そんな……」としか言えなかった。
◇◇
黒河内さんは寺岡さんへ2、3質問をした後、私に刺すような視線を向けてきた。
私のこと、めっちゃ見てる。
これは……次に私が話せと言っている気がする。
ちらっと九条さんを見ると、微笑みながらテーブルの上で指を組んで私を見ている。
二人の圧に動揺を隠せないまま、サイドからの刺すような視線と前からの微笑みを受け、私は口を開いた。
「……高丘礼桜です。
高校2年生になりました。今日は始業式で、母から頼まれたバッグを修理に出すために、このお店に来ました。お店に入ろうとしたら、誰かと叫ぶ声が聞こえて、そちらを見ると、この人がバッグを抱えてこっちに向かってきてて……」
ひったくり犯を目線で伝え、その後の説明に詰まってしまった。
水筒で攻撃して、一瞬の隙をついて急所を思い切り蹴りました……って言うの?
いや、実際そうなんだけど……。でも、言わなくていいなら言いたくない。
ていうか、今気づいたけど、もしかして私、傷害罪か何かで捕まるんじゃ……。
話さなきゃいけないとは思うけど、止め方もえげつないし、逮捕されたらどうしようと思うと言葉を紡げなかった。
頭の中ではぐるぐるいろんなことを考えているのに、どこか冷静な自分もいて、黒河内さんの視線も痛いほど感じる。
「……で、この人を止めました」
黒河内さんを見ながら絞り出すように何とか結論だけ言うことにした。
大事なところを隠した後ろめたさもあり、言い終わると黒河内さんから視線をそらし俯いてしまった。
「どうやって止めたん?」
……ですよねー。やっぱ聞きますよねー。
お父さん、お母さん、私が捕まったらごめんなさい。
逮捕されるかもしれないという不安を必死で抑えつけ、水筒で殴って急所を蹴ったことを正直に話そうと思い、覚悟を決めて顔を上げたそのときだった。
「礼桜ちゃんは水筒で燕返しをした後、急所を蹴り飛ばして止めたんだよね♪ あれは何度思い返しても、……ふふふ、めっちゃ格好よかった」
私が覚悟を決めて話し出そうとしたまさにその時、それはそれは爽やかな笑顔で、九条さんは私を見ながら代わりに説明をしてくれた。
いや、言いやがったと言ったほうがいいのかもしれない。
テーブルの上で指を組んだまま爽やかな笑顔で言いやがりました九条さんの優しさに、顔がひくつくのが自分でも分かる。
「……そう……ですね」
黒河内さんの目を見て答えることができなかったので、チラッと見た後、九条さんを見ながらその言葉を返すだけで精一杯だった。
「は? 水筒で燕返しして急所を蹴り飛ばした? どんな状況だ、それ。燕返しって、あれか、虎切りのことか?」
黒河内さんの強い視線ががんがん刺さってくる。私の口から詳しいいきさつを話せと視線で促しているが、九条さんが言ったとおりなので付け加えることは何もない。
一つ訂正してもいいなら、「急所を思いきり蹴りましたが、蹴り飛ばしてはないです」と言いたい!
言いたいけど、蹴ったのは事実なので言えない…。
何か言わなきゃと思いながら黒河内さんを見るも、口を開くことはできなかった。
黒河内さんは私の顔をじっと見て、私が何も言わないことが分かると、「まあええわ」と言って私のターンを終わらせた。
もしかして、私が口を開かないので時間の無駄だと思ったのかな…。
そんなことを思いながら私の番が終わったことにホッとしたのも束の間、
「あとで生徒手帳 確認させてな」
その一言で、私の心は暗く沈んでいった。
……私、やっぱり捕まるのかな。
分かりましたと小さく返事をした後、私は項垂れたまま、しばらく顔を上げることができなかった。
次に、黒河内さんは九条さんからも話を聞いていたが、九条さんが話した内容はほとんど耳に入ってこなかった。
逮捕されるかもしれないという不安を拭えず、私の心は沈んだままだった。
◇◇
最後に、終始俯いているひったくりの男に黒河内さんは鋭い視線を向けた。今までとは双眸に宿る光が違う。私たちを見る視線も怖かったけど、あれはただ目つきが悪かったんだと今なら分かる。ひったくりの男を睨む目は、縮み上がるくらい怖かった。
だけど、黒河内さんの男を睨む双眸は、もしかしたら私は捕まらないかもしれないという一筋の希望を与えてくれた。
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