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◆【九条湊side】不穏
兄から電話がかかってくるときは、そのほとんどが碌な内容じゃない。
今回もその例に漏れなかった。
兄の人間関係を調べている奴らが現れたらしく、近くそいつらが俺のところにも来るだろうから、晴冬だとバレないようにうまく立ち回れ、そして礼桜ちゃんを必ず守れという内容だった。
予定では、昨日の雨に紛れて、晴冬の歓迎会の名の下、礼桜ちゃんと兄を引き合わせるつもりだった。
敵は焦るあまり、なりふり構わず仕掛けてくる危険性がある。晴冬が兄と出逢うきっかけとなったのが礼桜ちゃんだと分かると、狙われる可能性もゼロじゃない。礼桜ちゃんを守るためにも、兄と知り合いになっていたほうが何かと都合がいい。
だが、奴らが把握できる範囲では、兄や洸君と礼桜ちゃんは無関係であることが何よりも重要だった。礼桜ちゃんはただのバイトAの女の子、表向きはそれが望ましい。
◇◇
昨日は、警戒していたが現れなかった。今日はどうだろうか。
俺が店に来る際、俺をつけているやつは一人もいなかった。
敵は、現時点では兄の人間関係の洗い出しに専念し、関係者の写真を撮るだけにとどまっているのかもしれない。それでもかなりの人数になるだろう。
俺の想像でしかないので、警戒を怠るつもりはないが。
俺は店の2階に上がり、店の周りに設置している防犯カメラで映し出される画像を注意深くチェックした。
店には、明らかに防犯カメラと分かるものが1つと、誰も気づかない仕様の防犯カメラが複数台設置されている。なので、ぶっちゃけ全方位死角がない。
それはなぜか。クソ兄貴から〝誰も気づかない防犯カメラ〟を作るようお願いされたから。
試行錯誤しながら完成に至る過程で、この店を実験台として利用した。そのため、今では全方位死角のない防犯システムが構築されている。ちなみに、兄の法律事務所はこの比ではない。なにせ……敵が多すぎやから。
試行錯誤しているときは、この店に不釣り合いな防犯システムなんか必要ないと思ったが、今はセキュリティ万全な店でよかったと思う。
礼桜ちゃんを守れるから。ついでに晴冬も。
モニターでチェックしていると、晴冬が店に向かって歩いてきた。晴冬をつけている奴はいないようだ。奴らはまだプリン頭の晴冬と今の短髪黒髪の晴冬が同一人物だと気付いていない。店周辺をチェックしても、建物の中にも道路の脇にも怪しい人物は見当たらなかった。
「湊、おはよー。あいつら、今日も俺だと気付かんかったよな」
「ああ、尾行の類はおらんかった。……晴冬、気い緩めるなよ。兄貴に聞いたやろ?」
「うん。理人さんにも細心の注意を払って行動するように言われた」
晴冬は工房に隣接している部屋に入ってくるなり、俺の隣に立ってモニターを見ている。
しばらく二人でモニターを見ていると、礼桜ちゃんが歩いてきた。
今日はスカートを履いていて、誰が見てもむっちゃ可愛い。
晴冬は礼桜ちゃんを見つけると、顔をしかめた。少し気になったが、今は礼桜ちゃんの周囲に注意を払うことが優先だ。
「礼桜ちゃん来たから、俺、下の事務所にいるわ」
「ああ。俺も後で行く」
礼桜ちゃんが店に入るとき写真を撮るやつはいないか、礼桜ちゃんを見ているやつはいないか、全てのモニターを確認していく。
礼桜ちゃんが店に入った後も、怪しい動きをしている奴はいないか、しばらく注視した。
◇◇
階段を下りていると、事務所が騒がしいことに気づいた。二人で何か言い合っている声と、ドタバタしている足音が聞こえる。
何をやっているのだろうと思いドアを開けた途端、礼桜ちゃんが俺のところに駆け寄ってきて腕をつかむと背中に隠れた。
……可愛いすぎて胸が苦しい。
何があったか分からんけど、俺の腕をつかんで背中に隠れている礼桜ちゃんが可愛すぎて、胸がキュ〜ッと痛む。胸を押さえて蹲りたい。
礼桜ちゃんは、俺の背中越しに、晴冬がスカートの中を見せてと言ってくると憤慨していた。
は? 俺もまだ見たことないのに、何でお前が先に見ようとしてんねん! ……いや、そういうことちゃう!!
予想外の内容に、俺も少しパニクってしまった。
でも、晴冬なりに礼桜ちゃんのことを守ろうと思っていることだけはよく分かった。
……スカートの構造を見せてと言った時点で、全てを無に帰しているが。
今日の礼桜ちゃんは、誰が見ても可愛い。電車の中でも、歩いてくる途中でも、きっといろんな男が礼桜ちゃんを見たはずだ。それを想像するだけで俺は苛ついてしまった。
◇◇
事態が動いたのは、昼過ぎだった。
2階でモニターを監視していた晴冬からメッセージが届いた。
『男二人。一人はマンションの非常階段、もう一人は斜め前の路地の中。二人とも店内の様子を窺っているから気をつけろ』
二人か……。
どの位置なら外から見えにくいか、すべて把握している。
昨日からさりげなく礼桜ちゃんを外から見えにくい場所に誘導しているので、礼桜ちゃんの顔写真は撮れないはずだ。奴らの目からは俺がよく見えるだろう。
俺の写真でも撮って、とっとと帰れ!
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