scene 2

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scene 2

 我が町の商店街は今夜も賑わっていた。他の町からの来客も相当な数になると聞いている。個性的な商店(みせ)に加えて、飲食カテゴリーも充実しているからだ。年齢不詳の女亭主が経営するバー〔雪兎〕に寄り、オリジナルカクテルを呑むのも、素敵な選択だが、今夜は控えるべきだろう。  ここには、映画館もあれば、演芸場兼小劇場もある。後者は「おたま食堂のバイト青年」のメインステージのひとつらしい。容姿端麗。なめらかな前髪の奥に光る宝石めいた双眸。そして、あの声優水準の美声だ。しびれる客も多いと思われる。もっとも、私自身が観劇におもむく可能性は極めて低い。  アーケードを抜けて、少し歩くと、瀟洒な神社(やしろ)がある。商店街の名称の由来にもなっている〔布袋神社〕だ。都内でも珍しい狛犬ならぬ「狛猫」が近年人気を呼んでいる。遠方の地から、わざわざ写真を撮りに来る者もいるようだ。そういう趣味を持たぬ私には、理解しにくい情熱だが、それを否定しようとも思わない。  アパートに着いた。駅から徒歩15分の距離に位置する〔ぺるむ荘〕の二階が私のすみかだ。外観は少々古めかしいが、頑丈な造りで、私は気に入っている。階段をのぼり、自室の前に足を進めた。尾行者の存在がないことを確かめてから、私は玄関の鍵をあけた。中に入りざまに、施錠し、ドアチェーンをかけた。など、最早いない筈だが、用心に越したことはない。  でぼん亭で購入した品物とおにぎりの容器をテーブルの上に置いた。衣服を脱衣篭に放り込んでから、浴室に入り、温水を浴びた。体を拭き、服を着た。台所のアナログ時計が「8時45分」を示していた。冷蔵庫の扉を開け、ミネラル水のボトルを取り出した。その時、滅多に鳴らない電話が鳴った。  この電話は特別仕様で、番号を登録していない相手は全てはじくように設定されている。又、発信者が「誰」なのかも事前にわかる仕組みだ。用心のひとつだが、が最大の理由と云える。私は受話器に左手を伸ばした。 37df958e-038c-40a7-8b1d-79214bdea2a1
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