scene 4

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scene 4

 私はしばらく使っていなかった据え置き型ゲーム機を専用ケースから取り出し、居室のテレビに接続した。次に〔でぼん亭〕の紙袋を開き、中身をテーブルの上に置いた。幻の怪作RPG(ロール・プレイング・ゲーム)の異名を持つ『妖怪御殿の攻防』である。。三流ゲームメーカー〔闇塚堂〕が、起死回生を期し、社運を懸けて発売したソフトだ。しかし、彼らが期待していたほどの成績はあげられず、結局同社は倒産。現在は跡形もない。  妖怪御殿は『ウィザードリィ』や『ザ・ブラックオニキス』を代表格とする「迷宮探索型RPG」に属する。プレイヤーは〔悪の秘密結社〕の幹部となって、最大6人の遊撃隊を編制し、巨大魔窟〔妖怪御殿〕の全階突破に挑む。!ゲームゆえに許される荒唐無稽な設定である。正統派ゲーマーには軽視され、グロテスクな描写の数々は良心的な親たちに嫌悪された。しかし、少数ではあるが、熱烈な支持者が存在するのも事実だった。  妖怪御殿の情報を得た際「これは面白そうだ…」と直感したものの、当時の私は多忙を極めており、ゲームどころの騒ぎではなかった。仕事が落ち着き、遊びに集中できる環境が整った頃には〔闇塚堂〕は地上から消えていた。発注したくても、その相手がいないのだから、どうにもならない。何軒か、中古品を扱う店に足を運んでみたが、パッケージを見ることさえ、一度もなかった。  どうやら、妖怪御殿と(まみ)える機会はないらしい。私は諦め、忘れようと努めた。しかし、思わぬところで縁の糸が繋がったのだ。我が布袋商店街の〔でぼん亭〕である。休日の昼さがり、私は店の奥のミニ座敷にあがり込み、でぼん名物のどんどん焼き(※お好み焼きの原型)を食べながら、冷たいビールを()っていた。  店主の老婆と古典RPGに関する雑談を重ねている内に、いつしか妖怪御殿に話が及んだ。その時、老婆は「」と云ったのだ。但し、現物を取り寄せるのに多少時間がかかるが、かまわんかね、と。  かまわないに決まっている。私は「買う買う。絶対買う」と絶叫した。即座に、手付け金として、高級紙幣を渡そうとした。老婆は「こんなに要らないよ」と云い、ニヤリと笑った。唇と唇の間に、板皮類の帝王(ダンクルオステウス)の牙めいた歯が光っていた。 57d8c12e-9c46-427b-8d1b-4e62e411738f
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