焼き鳥が食べたいと妻に言われた男の話

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   焼き鳥が食べたいと妻のマキ子に言われたので、深い山奥に連れてきた光太郎。 「ねぇ!? ふざけないでよ!! どういう事なの!?」  マキ子の服装はスカートにパンプス。  光太郎はアウトドア用の身支度のまま、文句を言うマキ子を無視してコンロを組み立て木炭を並べ始める。 「ねぇ、ちょっと!!」 「そこ、座ってろ」  コンロを挟んで自分の椅子の目の前に、折りたたみ式の椅子を広げブランケットをバサリと渡すとマキ子は口を尖らせたまま椅子に座った。  木炭の中に焚付を入れ、火を着ける。 「もうさ~なんなの? ……靴汚れちゃうし、寒いし……はぁ? 意味わかんない」 「一緒に買った防寒具一式が、あったじゃないか」  結婚前に買ったアウトドア用品。  今、光太郎が着ているジャンパーと色違いを見つけてマキ子は喜んで買ったのだ。 「……なんてゆーか、アウトドアとかね~~やっぱダサいっていうか……ふざけないでよ……」 「今ブームだろ」 「まぁ……それは一般人の間でしょ?」 「俺達も一般人だよ」  二年前に光太郎は努力の末の転職が大成功し、収入が何倍にも増えた。  見通しも立ったので家も購入したのだが、そこがちょうどセレブな奥様の多い地域で、マキ子はその綺羅びやかな世界にどんどんのめり込んでいった。 「私はね? 地鶏と地酒の美味しい月屋本店みたいなとこに連れてって! って言ったのよ!?」  奥様同士の付き合いは結局自慢の見せあいになっている。  SNSでどれだけ豪華な食事をしたか、どれだけ高価な物を買ったか、それを見せあい『勝った』とマキ子は喜ぶのだ。 「地鶏と地酒も買ってきてあるよ」 「だから~! こんな風に騙すなんて酷いじゃない!? 馬鹿にしてるの!?」 「昨日、メールしてあったよ。だからわかってると思ってた」 「……えっ……あ? そ、そうだっけ?」  しっかり今日はアウトドアでキャンプに行く、と光太郎はメールをしていた。 「とのメールはいつもチェックしているのに、見ていなかったのか」 「……あっ……だって、ほらいつも『今帰る』しかメールしないじゃな~~い、あなたが悪いのよ!」 「……そうか……俺が悪かったか……」 「そ、そうよ……わかればいいの」  少し焦ったような顔をしたが、マキ子はすぐに光太郎を悪者にして『勝った』ような顔をしている。 「それにしたって……このキャンプ場、映えるような景色もないし……ね~ほら電波あんまないしー!」  話をしながらもずっと携帯電話をいじっているマキ子。 「俺の山だからな」 「……やだあ~~ん……メールできるのこれ……え? なんか言った?」 「いや」  光太郎は給料をマキ子に握られ、お小遣い制になっている。  自分で稼いだ金だが『こんなに貰えるのあなたくらいよ』と渡される。  その金で隠れて投資をし、コツコツ貯めて山を買った。  此処は光太郎専用の、キャンプ場なのだ。  火の落ち着いた木炭の上に網を置き、取り寄せてあった地鶏の焼き鳥を並べていく。  マキ子はコンロの向かい側でつまらなそうにチラリと地鶏を見たが、またスマホをいじる。 「そんなに面白いか、それは」 「ま~~ねぇ~。アウトドアよりはね。貧乏な手料理載せてる奥さんとか笑えるよ~モヤシとか鳥胸肉とか使ってさぁ!」 「……そうか」  鶏胸肉とモヤシ炒め。  よく食べた料理だ。  ……まぁいい、光太郎は息を吐いた。   「さぁ、いい感じだ」  身が引き締まった地鶏を刺している竹串は、太めで特別製だ。  料亭の焼印も押してあり、高級感がある。  旨味の含んだ天然の粗塩を振り、日本酒を霧吹きでかけ、焼いていく。  じりじりと皮が焼け、油が木炭に落ちて、炎が上がった。 「あら、いい香りね」 「だろう」 「あ~こんな事ならスローピークの一式集めたら良かった。なんでまだこんな安ブランドの用品使ってんの~?」 「……学生時代から使ってるし、壊れれば新しいのを買うけどな……お前と何度もキャンプに行った思い出もある」 「ちょっと! お前呼ばわりしないでくれる~? そういうとこからハラスメントは始まるわけだから」  ギャーギャー叫びだしたマキ子を前に、また焼き鳥を一本ずつ回しひっくり返す。  少しずつ辺りも暗くなってきた。  地酒をアルミのシェラカップに注いで、ヒステリックが収まったマキ子にも渡した。 「まったく……こんなんじゃ怒りは収まらないわよ……」  焼き上がった焼き鳥もアルミのトレーに置いて渡す。  香ばしい香りだ。  光太郎は焼き鳥を頬張りグイ、と噛みちぎる。  普段食べている焼き鳥は肉のペーストだったのか? と思う程のしっかりとした地鶏肉の弾力。  溢れてくる肉汁、その甘味、その旨味。  程よい塩味が、ただ焼いただけの鶏肉を最高に引き立てた。  じゅわりじゅわりと、噛めば噛むほど旨味が出てくる。  噛み千切る快感。  そこに流し込む地酒。  光太郎の故郷の酒だった。  多忙もあるがマキ子が嫌がるようになり、もう帰らなくなった故郷の酒。  透き通る水のような辛口の酒は、濃い地鶏によく合った。  空は満天の星空だ。 「ふ~ん……まぁまぁね」  光太郎の感動が、冷たい言葉で流されていく。  しかし焼き上がった焼き鳥を頬張り、酒を飲み、を光太郎は繰り返した。 「あ、ねぇ~テントで寝るつもり~?」  なんだかんだ焼き鳥を食べ続け、飲み続けているマキ子が言う。 「……メールの相手は誰だ……?」 「え?」  ずっと誰かとメールをしているマキ子は、少し顔色を変える。 「こ、これはSNS」 「……そうか……」  炎が無表情の光太郎の顔を照らした。  もう何本食べただろう、焼き鳥の串を十本ほど硬く握った。 「ど、どこ行くの? トイレ?」  立ち上がった光太郎を見上げるマキ子。  光太郎は、無言だ。  近寄られスマホを閉じる女。 「……トイレは……」 「え? なに? うざ」 「トイレはな……」 「なんなの? ふらふら気持ち悪いって!」 「此処には、ないんだよっ!!」 「ぎゃっ!!」  背後から首筋に食い込ませた焼き鳥の串。  思い切り突き刺し、もう一度引き抜くとピューと血がシャワーのように吹き出た。 「ひっ……あがっ……」  目玉を白黒させているマキ子の喉笛にもう一度突き刺す。  突き刺す、突き刺す、突き刺す。  いつの間にか自分が焼き鳥職人にでもなったかのように、突き刺しを繰り返していた。  じりじりと焼いていた焼き鳥が、炭になっていく。  油が落ちて炎が舞い上がる。  はぁっ……はぁっ……はぁっ!    真っ黒になった焼き鳥。  真っ黒になったマキ子の目。  やっと落ち着いた呼吸。 「……トイレは無いんだ……此処にあるのは、お前を埋める穴だけだ」  妻だった死体に、光太郎はそう呟いた。  ※2024年3月16日、雪解けの際に女性の死体が発見された。  新森マキ子の死体には何本もの焼き鳥の串が一緒に捨てられており唾液のDNA鑑定で夫の新森光太郎を逮捕。  新森光太郎は逮捕後『妻には何度も分岐点を与えたが、彼女は自分でこの道を選んだ』と供述したという。
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