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 兄はそれからみるみる内に才能を開花させた。ちょうどこの国がスポーツとしてのゲームの大会を誘致していたり、企業がその方面に多くの投資をしていたこともあり、兄は収入の面でも知名度でもぐんぐん抜きん出ていった。  そして元引きこもりというのは、世間的には恥ずべきことでも何でないということもよく分かった。むしろそこから立ち直った現代の申し子というのが、兄を見る人達の感想だった。  そんな兄を両親はとても誇らしげに見ていた。  一方私といえば……   普通に大学に進み、普通に就職し、普通の生活をしている。  それはつまり、残業につぐ残業でもちっとも給料は上がらず、もちろんまともな評価などされないという意味で、普通ということだ。  今、深夜の台所で一人、母が作ってくれた卵焼きを夜食に食べている。なんだかしょっぱいのは、味付けのせいか、それとも私が涙ぐんで 「お、今、帰ったのか?」  突然の声にいささかびっくりして顔を上げると兄が立っていた。この数年で、顔つきはシャープにたくましくなっている。隠しきれない成功者としての余裕が見て取れる姿だった。 「……お兄ちゃん」  兄は私の向かいに座ると言った。 「美味そうだな、卵焼き。俺も明日、作ってもらおうっと」  いくら収入が増えて有名になっても、兄は決して偉ぶったりはしなかった。 「仕事、大変か?」 「うん、まあ……」  私は俯きながら答える。 「まあ、俺はいわゆる普通の仕事をしてないから、偉そうには言えないけど、もし大変だったら別の職場もあると思うぞ」  多分兄は本心から心配してくれてるんだろう。  だがその時、私は心のなかで何と返事をしようか迷った。  うるせえ! 馬鹿野郎!! 元引きこもりのゲーマーが偉そうに説教か!? バイトしたこともないやつが社会を語るんじゃねえ!!  といくべきか、あるいは……  アドバイスありがとう。やっぱり成功している人は違うね。私も見習わなきゃ。  といくべきか。  迷っている間に、兄は立ち上がった。 「じゃあ、おやすみ」 「ねえ」 「うん?」 「なんで引きこもりになったの?」  口をついて出たのは、なぜかそんな言葉だった。  今さらそんなことを聞いても何の意味もないことはよく分っている。  ただなぜかとっさに出た言葉だった。 「なぜって……」 「何か理由があったんでしょ?」  何かを思い出したのか、兄の顔が目に見えて曇るのが分かった。 「まあ、お金で解決できることならいいけどねぇ」 「……」  効いてる、効いてる。 「それじゃ明日早いから」  いそいそと二階に上がる兄の背中を見ながら、私は思った。  こうでなきゃ。  私は子供の頃から真面目に生きてきた。誰にも迷惑をかけずに。  その私がこんな立場で、散々迷惑をかけた兄が報われる?  合ってはならないことだ。  私はようやく自分のなすべきことを見つけた気がした。  卵焼きはとても甘く感じられた。                    Fin
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