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「卵焼きの味付け、なんかおかしかったよ」  家に帰り制服から着替えるなり、私は母にそう言った。  この春から通う女子高ではお昼に母手作りの弁当を食べているのだが、詰められていただし巻き卵の味付けがいつもと違ったのだ。  私は甘い味付けの卵焼きが好物だ。口の中でふわっと広がるあの甘さと歯ごたえが何とも言えない。期待してお昼ご飯にのぞんだだけに、ややしょっぱい味付けの卵焼きにはいささかショックを受けたのだ。 「え〜、どんな風に?」  台所から顔をのぞかせた母が、やや間延びした声で返す。 「なんかしょっぱかった」  しばらく考え込んだ表情をしてから、母がニコニコ顔で返事する。 「やだ。私、お砂糖とお塩間違えたかも?」 「もう! しっかりしてよ」 「ごめん、ごめん」  母は少し照れたような声で続けた。 「今日ね、朝からお兄ちゃんが出かけるって言ってくれたから、嬉しくて舞い上がっちゃった」  私には四つ年の離れた兄がいる。七年前からいわゆる引きこもりになっている。なぜ部屋に閉じこもるようになったのかは私も知らないし、両親や学校の先生も分からないだろう。もしかしたら明確な理由などないのかもしれない。ただ一日中部屋にこもってゲー厶をするようになった兄を、私はできるだけ視界に入れないようにして、この七年過ごしてきた。 「ちょっと! どういうこと?」  私は二階に駆け上がると、ノックもせずに兄の部屋を開けた。  覚悟していたようなすえた匂いはせず、いつか目にした時のようなトレーナー姿とは違う、爽やかなジーンズに髭を剃った姿の兄がいた。  七年前とは違う、そしてこの七年否応なしに目に入った姿とも違う兄がいた。  ……本当に兄なのかしら? そう思うほどに。 「ど、どうしたのその格好?」  兄は少し恥ずかしげに、自分の格好を見下ろすと言った。 「今日取材を受けたんだ」 「取材ですって!?」  てっきり妄想か、あるいは引きこもりの体験でも話すのかと思いきや、取材の内容はゲームに関するものだった。 「実は半年ほど前から、あるオンラインゲームに参加してたんだけどさ、その大会でけっこういい成績が出てそのインタビューだったんだ」  兄が言うにはそのオンラインゲームは世界的に人気で、ゲームのプレイ動画の配信者もかなりいるらしい。ゲームをしない私にはさっぱりの話だった。  だが一番驚かされたのは、その大会で兄が受けとった賞金の額だった。 「に、二百万円!?」 「うん、まあ三位だったんだけどね」  私は呆然としながら、照れた様子で色の白い顔をなで回す兄を見ていた。
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