■悪魔王と遠い日の約束

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■遠い日の約束 「お前からすれば、人間など愚かな生き物に映るかもしれない。だが、見限らないでほしいんだ」  悪魔王として魔界の管理を任された俺を召喚し、使い魔契約を結んでいたそいつは、己の死期を悟ったか、俺にそんなことを告げた。 「……だからこの先も、叶うならば、俺の子孫達が暮らす地上には手を出さないでくれ」  この世界に於いて、魔族とは、魔界で暮らす人外の総称。龍族もいれば、神獣や聖獣などもいる。その共通点は、悪魔王である俺に忠誠を誓い、臣下として魔界で暮らしているということ。  無益な争いは好まないが、魔界の住人達には人間嫌いな者も少なくはない。  それを知っているそいつは、微笑みを浮かべたまま、その瞳に少しだけ愁いを滲ませ、更に言葉を続けた。 「それでも……もしも地上に暮らす者達が路を踏み間違えたその時は、お前の好きなように裁いて構わない」  人間の愚かさも、醜さも、脆さも、儚さも……知った上で告げられたその願いに迷いは感じられない。 「本当に良いのか? 俺は、人間を滅ぼすかもしれんぞ?」 「そうなった時は、それも運命」  それを告げたそいつの顔には、既に愁いは浮かんでおらず、先程から変わらずに、ただまっすぐに俺を見据えて言葉を紡いでいく。 「……でも俺は、そんな日は来ないと信じている」  いつだって未来を見据えていた琥珀色の瞳に映るのは心地好かった。 「人間は、平和を願い、他と共に歩める生き物だと……信じたいんだ」  強い意志を宿していたその眼差しは、こいつの前の契約者にも、俺が敬愛している神々にも、よく似ていたから。 「……お前がそう言うならば、俺も今一度、人間を信じよう。そして約束する。人間が戦争などという愚かな行為に走らぬ限り、俺はこの世界に於いて中立で在り続ける」 「ありがとう」  その暖かさが、どこか懐かしくて……  だからこそ、守りきれなかった自分の無力さが許せなくて……  でも、過去を悔いて立ち止まることなど、お前は望まないだろう?  ただ前に進むために、俺は勝手にもう一つ、かつての主だったお前に誓う。  俺の主だった者達の子孫を見守って行く。  守れなかったことを悔いるのはもう御免だ。  だが、そんな昔の約束を全て伝える必要は無い。  俺とお前との約束だから……俺が忘れなければそれでいいんだ。  それに……人間が過ちを犯さぬためにも、きっとそれが最善だろうから。  真実は、今はまだ俺の心の中に留めておく。
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