◆高校三年の春

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「あいつは星が大好きなんだろうな。俺は半分動機が不純だから」 「…不純?」 成田の言葉の意味が分からなくて聞き返すと、内緒だぞと小声になる。 「俺、幼馴染がいるんだけど、そいつも天文学専攻したくて木場大受けるって言っててさ。最近あいつと一緒に勉強してたんだ。…彼女が無事受かったら付き合おうって約束してて」 ヘラっと照れながら笑う成田。そう言えば今まで成田には浮いた話がなかった。 「そかそか。無事受かると良いな。てか、そんな相手いたんなら教えろよ、みずくさい」 「恥ずかしいじゃん」 俺は拳を緩め、姿も知らない成田の幼馴染にエールを送る。 船橋には申し訳ないけど、彼女が受かったら成田は恋人が出来る。それならきっと船橋はもう成田と一緒にはいないはずだ。 それからしばらくして。幼馴染の彼女は無事、木場大に合格し、晴れて付き合うこととなったと聞いた。照れるからみんなには言わないでくれと成田。だから俺は誰にも言わなかった。船橋にも。 *** 「また会えるだろ、大学で待ってるから」 「はい!合格するように頑張りますから待っててください」 船橋は知らないのだ。成田はもう心に決めた人がいることを。知らないまま、成田に会えることを励みに受験勉強を頑張るのだろう。 俺は息が詰まる様な喉の違和感と胸が押しつぶされるような感覚を覚えた。 言ってやるべきなのだろうか。成田には彼女がいるんだと。 言うべきなんだろうか。俺はお前が好きだったよと。 二人は握手を交わし、やがて成田は他の部員の方へと足を向けた。そんな成田の背中をじっと船橋は見ていた。彼に近づくと肩が震えているのが分かった。 「…船橋」 俺の声に、体がビクッと揺れる。船橋はこちらを向くことなくまだ背中を見ていた。少しするとこちらを振り向く。恐らく涙を堪えていたのだろう。 「卒業、おめでとうございます。…お二人がいなくなると天文部は寂しくなります」 大きな瞳は潤んでいて、鼻は真っ赤になっていた。そんな船橋が愛おしくて俺は衝動的に船橋の体を抱きしめた。 「君津先輩…?」 「ごめん」 船橋は初め身体の力が入っていたが、やがて力が抜けていくのを腕の中で感じだ。俺よりも小さな体はこんなにも愛しくて、切ない。
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