◆高校三年の春

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「…頑張れるのか、お前」 独り言のつもりで呟いた。船橋に聞こえないだろうと思っていたのに。 「調子付くから優しくしなくていいです」 船橋が小さくそう言った。俺は驚いて思わず船橋の体を離した。すると船橋はまた泣き笑いの顔を見せる。 「成田先輩に聞いたんです。彼女のこと」 「…そうなのか」 「嬉しくて黙っていられなかったんでしょうね、あの人は小学生みたいなところがあるから」 フッと笑うと船橋は俺を見つめる。 「君津先輩にはバレてたんですよね、僕が成田先輩を先輩以上に思ってたこと」 まさか船橋が俺にバレていることを分かっていたなんて。小さく頷くと俺から視線を外し、また成田の背中を見ていた。 「最初は憧れていただけだったんです。いつの間にか成田先輩の隣が居心地良くて。でも成田先輩はきっと僕のことはそう見ていない。だから卒業するまでは一緒にいさせてもらおうって」 「木場大まで追っかけてくんじゃないのか」 「…一時期は本気でそう思ってました。でもこの先勝算もない恋を追っかけるほど、僕は純情じゃないです」 船橋は悩んで解決策を見出したのだろう。そして決断したのだ。今日で成田への恋心を断ち切ることに。 「そうか。辛かったな」 俺は船橋の頭を撫でてやろうとして手を止めた。さっきまでの成田に触れられた場所を俺が上書きするわけにはいかない。 手を下ろすと、船橋は再度こちらを見た。 「やっぱり、君津先輩。優しくしてもらって良いですか」 頭を撫でてほしい、という意味にとらえて俺は恐る恐る船橋のふわふわの頭を撫でる。すると船橋は声を上げて泣き始め、俺は泣き止むまでずっと頭を撫でていた。 しばらく経って、船橋が落ち着いたころに自販機でお茶を買い、二人で飲んだ。 「君津先輩は舞浜大でしたっけ?」 「うん。木場大には敵わないけど天文学学べるし、サークルもあるからな」 「ふふ。君津先輩も星、大好きなんですね」 「当たり前だろ。天文部なんだから」 真っ赤な目をしながらも何か吹っ切れた様に笑う船橋は、お茶をぐいと飲み背伸びをした。 「僕も舞浜大狙おうかな。木場大は偏差値高すぎるし」 船橋の思いがけない言葉に俺は胸が弾んだ。 「来いよ。一緒にさ、天体観測行って星を数えようぜ」 「あ、それいいですね!その頃には自分の望遠鏡買いたいな」 屈託のない船橋の笑顔が嬉しくて、つられて俺も笑う。彼にはまだ伝わっていない気持ち。もし大学が同じになれば、時間をかけていつの日か言えるかもしれない。  さあっと風が吹いて桜の花びらがひらひらと前途を祝う様に舞い散っていった。
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