わたしはたまご。

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 わたしは、たまご。  白くてツヤツヤ肌の白身に、中には少し乾燥が進んだ黄身。白身も黄身も、わたしの一部。どちらが本体かと聞かれたら、わたしはこう答える。 『どっちもわたし』  そう。わたしこそが、たまご。みんな大好き、たまご!  わたしには前世の記憶がある。  前世では人間として、生涯を終えた。  人間時代は狂ったようにたまごを食べていた。毎朝目玉焼きを食べて、お昼にはお弁当に詰めた玉子焼きやスクランブルエッグ。夜ご飯にオムライス。  そんなたまごばかり食べるわたしのことをみんな『たま中』と言った。たま中ってのは、中学の名前じゃなくて、たまご中毒の略。  アルコールと同列に扱われるのは、気に食わなかったけれど、たまごを愛しすぎていた自覚はあったので、割とあだ名としては気に入っていた。    そんなたまご漬けのわたしの生涯は、たまごによって終幕した。たまごの食べすぎで、コレステロール値を上昇させることになり、結局心筋梗塞で生が途切れることとなった。  しかし、わたしはたまごのことを恨んでいない。むしろ、死因がたまごであることに誇りすら抱いている。    死際、薄れゆく意識の中で、わたしは祈った。 『来世はたまごに生まれ変わりますように』  そんなわたしの願いが叶ったのか、こうしてたまごとして生きている。  そんなたまごとしての人生もそろそろ最期の瞬間を迎えようとしている。  先ほど、沸騰したお湯の中で数分茹でられたかと思えば、キンキンに冷えた氷水に浸され、殻を剥がれた。  知ってた? たまごになると、意外と熱々のお湯も苦じゃないの。湯船に浸かるくらいの感覚。  ちなみに、殻に関してはわたしなのかどうか、ちょっと怪しい。人で言うところの、服みたいなもの。  だから、殻を剥かれるというのは、服を脱がされたみたいで、ちょっぴり恥ずかしい。  でも、わたしと一緒に茹でられたどのたまごよりも、わたしが一番艶々で、凹凸も少ないはずだから、見せつけたいっていう自己顕示欲があるのも事実。  ミスコンならぬ、タマコンを開催したら、きっとわたしが優勝するはず。  それくらいビジュには自信があったのに、その自信が揺らぐまでそう時間はかからなかった。 ──カチャンッ  剥かれた最後のたまごが、銀色のボウルに入れられた。  うそ……でしょ……?  わたしと同じかそれ以上にきめ細かい肌を持っていて、一切の窪みもない。  綺麗……。美しい……!  惚れ惚れするフォルムに、わたしは目を奪われ、魅了された。自分自身がたまごになってしまったけれど、元はと言えば、たまごが大好きなただの一般人だった。  隣に投下されたナイスバディなたまごちゃんに、わたしはいちたまごファンとして、敬意を表すると同時に負けず嫌いが発動して、わたしよりも上のたまごがいるという事実を認めたくなくて、わたしの方がちょっぴり上なんだから!と謎の張り合いを見せてしまった。    わたしが牽制すると、それに気づいた向こうも、キッチンの電球から放たれた光を反射させ、わたしに張り合ってくる。  くっ……。  やっぱり、わたしよりも……ダメダメ。そんな弱気になってどうするの! わたしよりも艶肌の持ち主かもしれないけれど、大きさはわたしの方が上だし!  ここまで来れば、どっちが上か何が何でも決めたくなった。  きっと魅力的なたまごであればあるほど、最後に食べられるはず。人間というのは、美味しいものや好きなものは、最後に取っておきたくなる生き物なんだから!  最後の一つに選ばれた方が勝ち。  こうしてわたしたちの不毛な戦いが始まった。  ボウルには合計五つの茹で卵が鎮座している。五つを一人で食べようとするだなんて、わたしほどではないけれど、かなりのたまご好きみたい。  一つ、また一つ。  ここまで共に茹でられてきた仲間たちが口に運ばれていく。  そして、とうとう残すところわたしたち二つだけになった。  やはり、わたしたちが最後の二つに選ばれたようだ。  あとは先にどちらが食べられることになるか。  緊張が走る。  あと一分もしないうちに決着がついてしまうだなんて、なんだか寂しい。  決着がつくということは、わたしの命もそういえばそろそろ終わりか。戦いに夢中になっていたせいで、たまごとしての人生? 人じゃないから卵生?に終わりが近づいていることをすっかり忘れていた。  養鶏場で産まれたわたしは、お父さんの顔も知らないまま数日後にはスーパーに並べられ、特売日と重なったこともあり、朝一でわたしが入ったパックは購入され、丸一日冷蔵庫に入れられることになった。  あぁ、もう振り返れちゃった。短いな! わたしの卵生!  感慨深くなるほどではないけれど、それなりに楽しかったな。特に今とか。    わたしともう一つのたまごちゃん。最初は睨みをきかせていたはずなのに、今では和やかな雰囲気に包まれていた。  どちらが先に選ばれても恨みっこなし!  お互いの健闘を称えあった直後、戦友が持ち上げられた。  うっ……。  自分が食べられることよりも、友を失うことの方がわたしには辛かった。  楽しかった。ありが──。えっ?  戦友に感謝の言葉を告げようとしたわたしの体は、宙に浮いていた。  え?  何が起こったのかわからないわたしに、細かいジャリジャリとした何かが付着した。……塩だ!  わたしの番が来るの早すぎない……?  不思議に思っていると、左手に塩がついたわたし。右手には、戦友。  つまり……? 「あ〜むっ」  わたしたちは、同時に口に運ばれた。  え、えぇ……?  茹で卵を二つ同時に口に入れるとか、人間業じゃねぇだろ! もっと味わえよ!   想定外の出来事に、わたしは呆気に取られ、全てがバカらしく思えてきた。  あ、歯が迫ってる。  最後に一言。  えっぐ!!!
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