【1】約束の代償

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その頃、隣の3年B組。 在席を確認する担任の江原。 病欠の1人の他に、もう一つ空いた席に気付く。 「そこは…小日向(こひなた) 智代(ちよ)さんね。どうしたのか知ってる人はいる?」 体育館にいたのは確認していた。 成績は良いが、内気で暗く、存在感の薄い彼女。 「また帰ったんじゃないですか〜」 「今朝いたっけ?」 「さぁ…興味ないから見てないわ」 あからさまに、嫌われているのが分かる。 江原自身も、あまり話すことはなかった。 「今朝はちゃんといたわよ、体育館に。おかしいわね、皆んなは大人しく自習しててよ」 前にも無断で帰宅したことは、何回かあった。 念のため、保健室に寄ってみる。 「あ、江原先生、丁度良かったわ。あなたのクラスの小日向さんが、体育館の外でうずくまっていたので、とりあえず連れて来てました」 「そうでしたか、いつもすみません」 「まさか、担任のあなたが知らなかったなんて言わないわよね? …まぁいいけど、熱もないし連れて行ってくださいな。さっきの話を聞いて、気分が悪くなった子もいて、忙しいのよ」 3つあるベッドには、3人の女子がいた。 その内1人は、毛布に(くる)まって震えている。 「お手数をおかけしました。失礼します」 丁重に頭を下げ、小日向を連れて出て行く江原。 あの震えてた子が気にはなった。 「先生…ごめんなさい」 ボソボソと呟く小さな声。 それが江原の気持ちを逆撫でする。 「全く小日向さんには困ったものね!何度迷惑掛けたら気が済むの! いい加減にしなさい❗️」 養護教諭の免許を持つ、保健室の関口(せきぐち) 麻優(まゆ)。 年下の彼女に嫌味を言われ、頭を下げる屈辱感。 それも決まって、小日向によるものであった。 「ごめんなさい…私…怖くなって…」 「そう…死んだ橋田さんとは、幼馴染だったわね。 あなたにも話を聞きたいので、一緒に来なさい」 そう言われた瞬間。 体育館にいた警官の姿が頭に浮かんだ。 「わ…私は何も知らない。…話すこともないし、優樹菜なんか、思い出したくもない❗️」 思いも掛けず強い口調に、驚く江原。 こんなに怯え切った彼女も、初めて目にした。 「な…何もない筈はないでしょ? だって…」 良家に生まれた橋田優樹菜。 母は風俗嬢で、父親不明の小日向智代。 幼馴染と言えば聞こえは良いが、実態は侍従関係にあり、奴隷と言うのが相応(ふさわ)しいことは、学校中が知っていたのである。 「今は話したくない…教室に戻ります!」 「こらっ小日向さん、待ちなさい!」 そんな声に効果はなく、走り去って行った。 それ以上は追わない江原。 彼女とて、(れっき)とした教師である。 そんな状況を良くは思わず、着任時は抗議した。 しかし、教育委員会の委員長を務める橋田の母。 そして、多額の寄付を受け取っている手前、学校側にそれを戒める力は無かった。 (仕方ない…か。警察には話すのだろうか…) 学校側が、自らその問題を話す訳はない。 自分もそれに従うしかないと思っていた。 罪悪感は感じても、彼女の死には無関係なこと。 そう自分に言い聞かせて、職員室へ向かった。
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