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江原が職員室へ戻ると、教頭が手招きしていた。
慌てふためき「遅い!」と叫ぶのを堪えている。
呼ばれるままに、応接室に入る。
既に杉山が、柳原と三森を連れて来ていた。
「彼女は3年B組担任の江原先生です」
校長が警官に紹介する。
他の紹介は済んでいる様子で、江原を見る校長。
「江原先生、橋田さんと幼馴染の小日向さんはどうしました?」
予想した問いである。
しかし、責めるような口調には驚いた。
「それが…かなりショックだった様で、気分がすぐれず、保健室で休んでいます。今話しは無理かと思います」
咄嗟に嘘をついた。
逃げられたとは、とても言えない。
「そうでしょうね、よろしいですよ。形だけの事情聴取ですので、気を楽にしてください」
優し気な警官が、雰囲気を精一杯和らげる。
普通ならあるはずの笑顔は見せない。
「では始めさせて貰います」
もう1人の堅そうな若い警官が始めた。
「死亡したのは、この学校の生徒である橋田優樹菜さん14才。今朝方、母親がベッドで死んでいるのを発見。昨夜は特に変わった様子はなく、通院する様な病気もなかったとのこと」
彼女は学校を休むことなく健康的で、弓道部の主将も務めていた。
「死因は…」
それまで明瞭であった彼が、言葉を選ぶのに戸惑っているのを見て、ベテランが繋ぐ。
「え〜医師の見立てによると、優樹菜さんに外傷や薬物反応、自殺の様相は認められず、目下のところ死因は、急性な進行性疾患と診断されています。早い話が、不審死ですが、自殺や他殺ではないということです」
医者が使った、『老衰』の言葉は出さなかった。
彼女の身体は一晩で推定80歳に達し、母親でさえ本人と認めるには無理があった。
医師は解剖調査を要望したが、両親は同意せず、事件性や自殺の疑いがない以上、警察も強いることは出来なかった。
「柳原さんと三森さんは、彼女と1番仲が良かったと聞きましたが、普段の彼女に何か変わったことはありませんでしたか? 何でもいいんです。時々頭が痛かったとか、何か悩んでいたとか…」
「僕は生徒会の副会長として、良く会長の優樹菜と話していましたが…特に変わったことは、思い当たりません。優秀で健全なじょせいでした」
ベテラン警察官である舟越。
三森が彼女を優樹菜と呼び、『生徒』ではなく『女性』と言ったニュアンスに、恋仲であったことを悟った。
それと同時に、その割に冷静であることに違和感を感じ、その理由に何か秘密があると視た。
そして、その理由の一つを知った。
「私は小学校から橋田さんと一緒で、自然と話すことも多かっただけです」
警察を前にして、柳原の少し棘のある口ぶり。
校長と教頭、杉山、江原の警戒心が騒ぐ。
「そうでしたね柳原さん。彼女は勉学と弓道に打ち込み、あまり親しい友達は作らない生徒でした。刑事さん、生徒達はまだ事実を受け入れるのに時間がかかるでしょう。今日のところは…」
教頭が口を挟み、終わらせようと図る。
それを見逃さない舟越。
「柳原さん、何か彼女について、知っている様ですね。良かったら教えてください」
教頭を無視して、柳原に真顔で尋ねた。
「しかし…」
「邪魔をすると、公務執行妨害罪になりますよ」
若い警官が、教頭に釘を叩き込んだ。
さすがに黙るしかない。
「確かに、彼女…橋田優樹菜さんは、非の打ち所がない優れた存在でした」
次に来る否定論に、固唾を飲む教員達と三森。
「でも人として、最低最悪の存在でもありました。誰にでも、良い面と悪い面はあります。しかし、彼女は幼馴染である3年B組の小日向智代さんを、まるで奴隷の様に見下し、周りにもそうさせていました」
舟越の目付きが、鋭さを増した。
「さっき、連れてくるはずだった生徒だね?」
「はい。多分バレるのを恐れて、先生達が手を打ったのだと思います」
「それは違うわ! あっ…」
思わず声が出てしまった江原。
しまった!を表す表情に、教員達の目が向く。
「なるほど、それが亡くなった橋田さんの、隠されていた一面ですか。まぁ…凡人の私には分かりませんが、完璧であるにはそれなりのストレスがあり、そのはけ口だったのかも知れません」
(この子は、三森のことを…)
舟越は、こんな場で、死んだ生徒会長の汚点をバラした柳原に、橋田への嫉妬心を理解した。
「幼馴染…と言いましたね、その小日向さんは。彼女にはそれが分かっていたのでしょう。よく自殺もしないで、今まで耐えて来たものですね」
その言葉と視線は、教員達に向けられた。
思わず一瞬身を引く彼ら。
「ありがとう、柳原さん。それは、ここだけの話しにしておきましょう。津田、オフレコだ。調書には載せるな」
「はい。了解です」
「彼女の死には関係ないことです…が、この先の小日向さんが心配です。先生方、シッカリ彼女のメンタル面と、環境に気を配ってあげて下さい」
優しく話してはいるが、警告であった。
事件性のないものに、警察は動けない。
しかし、正す役割は行使できる。
黙って頭を下げる教員達。
「あの…マスコミは…」
「校長先生、イジメによる自殺の場合は、マスコミが過剰なまでに取り上げますが、今回は違います。ご心配は要らないでしょう」
ホッと胸を撫で下ろす校長。
そして…事件は起きた。
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