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約30分後。
村山泉中学の校庭に、複数の警察車両が並んだ。
鑑識班と遺体処理班が、綿密に調べている。
3年B組の教室には、立ち入り禁止の表示が貼られ、入り口は黄色と黒のテープで塞がれた。
騒然とした中、更に黒のクラウンが到着した。
所轄の警官が慌てて出迎える。
「ご苦労様です」
ドアを開けて敬礼する警官。
「出迎えなんて必要ないですよ。お邪魔をしてすみませんが、本庁の取り組みなので、ご理解ください」
警視庁刑事課にしては、物腰が低く人当たりがいい若者だな…が、見ていた舟越の第一印象。
イジメ問題が激化し、自殺する子供達も増えた。
マスコミは、毎日の様に新しい事件を探る。
そんな状況に至っては、警視庁としても動かざるを得ず、緊急特別対策本部を設置し、若い刑事や女性刑事をその任に当てた。
「まずは現場を?」
「いや、私は時が経たない内に、関係者と話がしたい。時間が真実を見え難くしますので。美咲さんは現場を見て来てください」
「分かりました。よろしくお願いします」
山吹 美咲。
優秀な記憶力と洞察力を持ち、本庁移動の際に彼がバディに選んだ刑事である。
彼女は若い者に預け、舟越が応接室へ案内した。
それとすれ違いで、関口が部屋を出て行く。
「事情聴取は?」
「いえそれが…悲鳴を聞いて直ぐに教室に行ったのですが、ショックで既に気を失っていまして…。救急隊は被害者を優先し、さっき出て行った養護教諭の関口が、保健室で容体を診ていました。少し前に気が付いたのでここへ。1人は一緒にいた彼女の親友だそうです」
舟越の説明に少し首を傾けたが、直ぐに優し気な顔で、彼女の正面は避け、親友の前に座った。
中には教頭と担任の江原が立っている。
「さて、どう話せば良いのか分かりませんが、大変な目に遭われた様ですね。できれば、その時の状況を、少し教えてくれないかな?」
優しい声に、困った感じを含めた雰囲気。
それに惹かれ、ゆっくり彼の顔を見る彼女。
「大丈夫、何も心配しなくていい。君のその痛みを、少し僕が貰ってあげるから」
フッ…と何かが彼女の体から抜けた。
それを感じたのは、舟越と彼だけであろう。
(これがあの噂の刑事か…)
舟越の頭の中で、数々の噂話が蘇る。
「私は…殺してない。彼女の声が聞こえなかったから、近付いただけ…」
ふんふんと、優し気な笑みで僅かにうなずく。
「真子は、本当にそうしただけよ! 私も隣にいて、彼女の言葉が聞き取れなくて、訊き返しただけなんだから!」
隣の親友が、必死に訴え掛ける。
「彼女…って言うのは、小日向智代さんのことで、合ってるかな?」
「そ、そうよ…他にいないじゃない」
「それで…今度はちゃんと聞けたのかな?」
親友の声に驚き、うつむいた真子。
その唇が、震えながら動いた。
「コ・マ・モ・リ…さんが、やった…って」
思わず訊き返そうとする周り。
それを、彼が掌で止めた。
「コマモリさん。何とも変わった名前だね」
その目が親友に訊く。
「間違いないわよ、私もそう聞いたわ!」
「分かりました。じゃあ、真子さんはまだ少し休んでいた方が良さそうだから、関口さ〜ん。その子を入れて、真子さんをお願いします」
(何?)
驚く舟越の後ろで、ドアが開き、関口が女生徒を1人連れて入って来た。
「そんなに驚かなくても。僕に変な能力なんかないですよ。ただ、さっき出て行った時の関口さんの靴音と、歩幅の狭い足音が聞こえただけです」
(これが警視庁で噂の超感覚…)
「舟越さんまで、皆さんは彼女の言葉に集中し過ぎて、気付かなかっただけですよ。そんなことより真子さん、辛いのにありがとうね」
真子の丸まった肩を、ポンポンと軽く叩く。
「関口さん、真子さんをよろしくお願いします。あと…この子は?」
「2年の村山 光莉です」
関口が答えるより先に、自己紹介した。
身体の震えは消え、彼の目を真っ直ぐ見ている。
「君も親友なら、真子さんと一緒に」
その目を逸らさないまま、彼が促した。
「そうよね、真子行きましょ」
「で…では、失礼します」
2人を連れて関口が出て行く。
「舟越さん、彼女達は小日向智代さんを殺してなんかいません。大体、座っている子を、数メートル離れた窓まで突き飛ばすなんて、プロレスラーじゃあるまいし。できるはずがない」
事件の状況は、教室にいた他の生徒からの証言を、現場にいる警官から電話で聞いていた。
「だよね、村山さん?」
前に座った村山光莉に、当たり前の様に尋ねる。
関口が彼女を連れて来た理由を、理解していた。
「はい。あれは…」
「全てを、教えてください」
躊躇う彼女の心を察して促す。
そんな彼に村山は、自分でも信じられないくらい素直に、事の全てを話したのである。
「つまり、3階の窓から落ちて亡くなった小日向さんは、昨日君に教えられた通り、その小盛山へ行き、堪えていた橋田優樹菜さんへの恨みを伝えた。それによって、昨夜の内に橋田さんは亡くなり、それを追求された小日向さんは、話してはいけないことを話してしまった。その結果、言い伝え通りに命を…喰われた。そう言うことですか。なるほど…犯人は全てその『コマモリさん』と言うことですね」
あっさりと理解した様子の彼に、話した村山自身も驚いていた。
あの時、その名を告げた瞬間。
まるで何かに引っ張られた様に、小日向智代の体は宙を跳び、3階の窓から下の花壇に落下した。
小さな花壇には金属の柵があり、彼女は無惨に引き裂かれ、頭部に至っては、まるで高層階から落ちたかの様に粉砕していた。
着いた時に見かけた遺体処理班は、その破片を拾い集めていたのである。
「校長先生がいないのは、橋田優樹菜さんの件に行かれたと言うことですね」
「刑事さん、校長先生をご存知で?」
「あ…いえ、校長先生なら、刑事の私に真っ先に名刺か挨拶に来るでしょう。それに、舟越さんは小日向さんが亡くなる時、既にここにいた様なので、そう思っただけです」
「仰しゃる通りです。本来なら校長がいるべきところ、教頭の私で申し訳ございません」
「気にしないでください。学校にとっては、どちらも大切な生徒です。それに橋田と言えば、あの伝統工芸、村山大島紬で有名な老舗。この街の有力者でもあるでしょうから、事情は察します」
「よくご存知で。橋田優樹菜さんも、原因不明の突然死の様で、正直なところ我々学校側も、うどうして良いものかと…」
心底困り果てている様子の教員たち。
「今日は金曜日ですし、生徒たちも授業どころではないでしょう。今週は臨時の休校にして、生徒たちの間で、間違った噂が拡散する前に帰した方が良いでしょう。表にはマスコミも集まっていますので、私達が引きつけてる間に、裏門から速やかに」
「そうですね、警察の方にそうして貰えると助かります。杉山先生、江原先生、後のことはその後に考えるとして、生徒たちを帰す様に先生方に伝えてください」
「分かりました教頭先生」
「くれぐれも、今の話はここだけのこととして、他言を禁じます。村山さん、話してくれてありがとう。君が責任を感じることはない。ただ小日向さんを助けようとしただけ。こんなことになるなんて、思っても見なかったでしょうし、まだ真実だとは分かりませんからね」
教員たちが出て行くと、代わりに相棒の山吹が入って来た。
「丁度よかった。今から生徒たちを裏門から帰宅させます。我々で表のマスコミを引き付けます。舟越さんも手伝ってください。コメントは、調査中で通しましょう」
「分かりました、行きましょう」
直ぐに部屋を出る3人。
舟越が数人に声を掛け、手伝う様に指示した。
「さすがですな。全ての情報を知った上で、こちらへ来られるとは」
「まぁ、助手席は暇ですし、無駄な手間は省きたいので。先生方も大変でしょう。しかし困りましたね…」
歩きながら顎に手をやる。
「小盛山は一応見に行くとしても、我々にはその神社を見ることができませんからね」
「あんな話を信じますか?」
「いえ、ただ今の状況証拠からは、他に考えられないだけです。厄介なのは、こう言う話は、いくら禁じても直ぐに広まり、尾ひれ背ひれがついていまいますからね…さてと、頑張りますか!」
閉じられた校門。
押し寄せたマスコミへと、気合いを入れた。
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