135人が本棚に入れています
本棚に追加
【1】約束の代償
〜東京都武蔵村山市〜
東京都の西部、多摩地区の北側。
都内で一番とも言えるほど、歴史の長い街。
市名の由来は、狭山丘陵に連なる「群山」がなまって、「村山」になったと言われる。
当初は「東京都村山市」の予定が、山形県で先に村山市が登録されたことから、近隣の総称「武蔵」を冠して、「武蔵村山市」となった。
石器時代、清水湧く狭山丘陵の谷間に人々が住み着き、弥生時代、奈良時代へと人々の暮らしが紡がれて、実り豊かな村として発展して行った。
ことの始まりは、一つの中学校から。
明治時代初期に始業した、村山泉中学校。
生徒数は、東京の中では少なく211名だった。
ある朝、1時限目の始まりを告げるチャイムが中断され、臨時放送が流れたのである。
ブツッ…と途切れた瞬間。
まだ騒ついていた教室が静まる。
「只今から臨時の全校集会を始めます。生徒の皆さんは、私語を慎しみ、速やかに体育館へ集まってください。各クラスの担任は、出欠確認をし、体育館前方の本部席へ報告をお願いします」
非日常的な物事に、好奇心旺盛な年頃である。
繰り返される放送には耳を貸さず、興味津々で有る事無い事を憶測しながら移動する。
一部には既に噂を耳にしている生徒もいて、若さ故の想像力が、話を盛って伝えていた。
そんなはしゃいだ雰囲気も、体育館の外に停められたパトカーと、中にいる数人の警官を見て、その緊迫感に言葉を抑え込まれていった。
非日常がその姿を現し、現実性を帯び始めた時。
誰もが取り得る、自然な反応である。
「マジ?」
「何かヤバくない?」
クラス毎に整列して腰を下ろすと、次第にボソボソと囁きが始まる。
「皆さん静かに! 今から校長先生から説明がありますので、口を閉じて聞くように。もし気分や具合が悪くなった生徒は、手を挙げて担任の先生に知らせてください」
その前置きが、余計に異常な心理を掻き立てる。
「では校長先生、お願いします」
警官と話していた校長が、壇上に上がる。
悩ましさが、その足取りと表情から窺えた。
「皆さん、おはようございます」
『おはようございます』
校長の話に、全校生徒が集中し、ましてや挨拶を返すことなど、普通はない。
「え〜大変残念で、悲しいお知らせがあります」
予想を裏切らない出だしに、緊迫感が増す。
その気配を全身に浴びる校長。
「今朝方、3年A組の…橋田 優樹菜さんが、亡くなっているのが判明しました」
(亡くなってって…何?)
(判明したって…どういうこと?)
誰かの訃報である気はしていた。
しかしそれが、本校一の美人で、スポーツも成績も優秀な生徒会長だとは、予想外の度が過ぎた。
また、その意味深な言い回しのせいもあり、俄かには理解できない者が多くいた。
「詳しいことは、まだ警察と病院の方が調査中ですが、今朝起こしに部屋に入ったお母さんが、ベッドで亡くなっている優樹菜さんに気がついたとのことです。自殺ではなく、突然死と言うのが、今伝えられることです。くれぐれも、過剰に憶測で話を広めたりしないで、皆さんも優樹菜さんのご冥福を、静かにお祈りしてください」
手を合わせて軽く頭を下げ、降壇する校長。
騒つきかける前に、教頭が告げる。
「皆さんには今後、マスコミ関係者や周囲の方々から、本件について尋ねられると思いますが、決して今お伝えしたこと以外は、話さない様にしてください。もしも、何か気になる話がある時は、担任や職員に相談してください。葬儀などについては、別途こちらで対応を決めてから、皆さんにお伝えします。以上です」
教頭が一瞬、警察官の方を伺う。
軽くうなずき、『予定通り』の合図をする。
「では皆さんは静かに教室へ戻ってください。一時限目は、全クラス自習とします。担任の先生方は、全員が戻ったら職員室へ集まるように」
それぞれに複雑な心境と疑問を抱きながら、それぞれいつもの居場所へと戻って行く。
違っているのは、生徒数が210名になったこと。
3年A組。
全員が席に着くと、担任の杉山が自習を告げる。
「では、先生もまだ受け入れ難い状況です。集会で言われた通り、勝手な想像はやめて、皆さんは静かにしててください。え〜と…柳原さんと三森さんは、少し話が聞きたいので一緒に来て」
「あ…はい。はい分かりました」
2人は亡くなった橋田優樹菜の親友で、三森は生徒会副会長を務め、恋人との噂もある。
警察の指示で、事情聴取に呼ばれたのであった。
担任らが出て行った後。
教室には微妙な空気が漂う。
見たくはないが、最前列中央の空席は目立つ。
徐々に、ヒソヒソ話が始まっていった。
最初のコメントを投稿しよう!