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「え…、優です」
「ユウか、ふーん…。なぁなぁ、おいらと一緒に行動しないか?」
「――え?」
きょとんとする優に、着ぐるみの彼はお構いなしに続ける。
「察するに、お前もここに迷い込んだんだろ?んで、出口がわからず困ってる。おいらもだ。
なら一緒に帰り道を探すのがいいんじゃねーか?一人より二人ってもんだろ」
そう言って着ぐるみの彼は二カッと笑った。
その表情は人懐っこいもので、戸惑っていた優の気持ちを少しだけ和らげた。
「…そうですね、そうしましょう」
優は素直にうなずくと立ち上がる。そして、彼と向き合うと言った。
「あの…、あなたは何ていうんですか?」
「え、おいら?」
立ち上がった優をやや見上げるようにして、今度は彼がきょとんとする。
「名前です。これから一緒に行動するなら、ちゃんと名前を知っておきたいので」
「……なまえ、かぁ」
優の質問に、なぜか彼は言葉を詰まらせた。
ふつうならすぐに答えられる質問だろうに。そう優は不思議に思いつつその様子を見つめた。
「あー、悪い…、おいら自分の名前、その…、わかんなくてな。忘れちまったんだ」
「え?」
予想外の返事に、優は目を丸くする。
自分の名前を忘れるなんてこと、あるんだろうか。
「それって、記憶喪失みたいなものですか…?」
「うーん…、うん、まぁ、そんなとこかな?なんで名前は好きなように呼んでいいぞ」
戸惑う優とは反対に、じつにしれっとした様子で彼は言った。
「え、そう言われても…。好きなようにって…」
そう返され、優は困ったようにつぶやいた。
なんとなく事情を含んだ彼の様子もだが、加えて名前のない初対面の相手など、どう接したらいいのかわからなかったからだ。
「なんだよ、テキトーでいいのに」
お固いなぁ、と少しめんどくさそうに彼は優を見つめる。
すると何か思いついたかのように、そうだ!と一人つぶやいた。
「ならさユウ、おいらに名前くれよ!」
「……はい?」
一瞬の沈黙。優は意味がわからないという顔をする。
「名前だよ!な・ま・え…っ!おいらのことどう呼んでいいのかわかんないんだろ?
ならユウが自分で考えりゃいいじゃん。そうすりゃお前も戸惑うことないし、おいらも名前ができる」
「えぇ…っ」
急にそう言われ、優はますます困惑する。たしかに彼の言うことは一理あった。
自分が正式に名前をつけてしまえば、名付け親として戸惑うことはないのかもしれない。
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