右腕の交換

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右腕の交換

「そろそろ右腕交換しねぇとな」  (しゅん)はお風呂上がりでバスタオルを手にしたまま、パンツ一丁でぼやいた。そして牛乳瓶のフタをパカリと開けて、一気飲み。白い液体が首元をなぞったが本人は至って気にしていない様子だ。 「え、その腕一ヶ月前に入れ替えたばかりじゃーん」  峻と同居しており彼女である知沙(ちさ)が、コンビニで購入したシュークリームを頬張りながら峻に聞いた。知沙は最後の一口を食べ終えてからもう一度口を開く。 「今度は右腕? 一週間前は左腕を交換しなかったっけ。腕の調子悪いの?」 「いや、不調なのかは知らんが……右腕を動かすときに肘関節が軋むような感覚がしてな。不良品かもしれん。ったく、もっと楽チンに不老不死になる方法あっただろ、絶対」 「いやいや。数十年前の人類は不老不死じゃなかったんだよ。研究者がこの数十年間で不老不死の体に改良する方法を見つけた。それだけで十分素晴らしいしハッピーでしょ」  峻は「うーん……確かにそうかもな」と知沙の主張に頷いた。  だとしても人間の体をパーツごとに分解して、古くなったり動かなくなったりしてきたら一部を交換する。これ以外で不老不死になる方法、他にもあるって、絶対。峻はそう言い返したかったが、これ以上知沙の意見に歯向かうと彼女の逆鱗に触れる気がしたので、渋々言葉を呑み込んだ。  峻はピンクと白のストライプ柄パジャマを着た後、リビングルームにある戸棚をガサゴソと漁る。数分するとお目当てのものが見つかり、机の上にそれを置いた。それは救急箱が一際大きくなったかのような箱だった。それをパカリと開く。 「お、新品の右腕残ってるな。ラッキーラッキー」  峻は新品の右腕を取り出すと、自身の右腕と肩関節の間にある凹凸に左手を伸ばし、凹みの部分に左手の人差し指をそっと乗っける。すると、わずか一瞬で右腕を外すためのロックが解除された。 「指紋認証タイプは楽だな。暗証番号入力よりも効率が良い」 「へぇー。ならばそれが一番最高な不老不死になる方法ってことでオーケー?」 「ならば、って接続詞の使い方変じゃないか……まあいい。それでオッケーということにしておく」  いつの間にかマグカップを手にしていた知沙は「ふーん」と笑いながら、彼女お気に入りの砂糖たっぷりコーヒーを啜った。それを見つつ峻は右腕を雑草取りのようにいとも簡単に引っこ抜き、新品の右腕を肩に押し込むみたいにグッ、と差し込んだ。そしてまた凹凸に左手の人差し指を乗せロックを掛けた。  峻は試しに右腕をブンブンと豪快に振り回す。肘関節は軋まないし、何より右腕が軽い。新品の付け心地はやはり最高だ。 「これでよし。知沙、俺部屋行って読書してくる」 「了解。峻は相変わらず本の虫だねー」  知沙の満面の笑みを目にしてから峻はベストセラー作家の小説を本棚から抜き出し、自室へと向かった。
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