終章 鎮魂の祈り

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「良かった。私たち、お父さんの実子だったのね。万が一にも托卵だったら、どこかでひっそりと命を絶ったわ」  有紗が吐息混じりに呟く。健人も口には出さなかったが、妹と同じ思いだった。子どもたちは細かく身を震わせながらも、父の告白に聞き入る。  真理子は少なくとも、子どもたちにはある程度の愛情を注いでいた。だからこそ、英人(ひでと)は子どもたちの心を傷つけた妻を許せなかった。愛する者に裏切られる苦痛を、何倍にもして返してやる。絶望を味わわせてやる――サレ側の心は、いとも簡単に壊れた。  愛した子どもたちから憎まれ、命を奪われろ。そんな歪んだ復讐心が、子どもたちを国家の道具へと生まれ変わるように仕向けさせた。  不貞している側は脳内花畑で、現実が見えていない。だったら強制的に犯した罪を自覚させ、相応の罰を受けてもらおう。不貞だけでなく、国家機密をも漏洩させた罪の対価は命を以て購うのが必定。それでもまだ足りないくらいだが。 「十年前、俺もどうかしていた。死人(しびと)になったとはいえ親殺しをさせてしまうことに、何の躊躇いも疑問も抱かなかった。だが理性が働くこともあったさ。三日間の猶予を与えたのは、俺の最後の理性だった」  そんな父親の葛藤も知らず。まだ若かった子どもたちは怒りにまかせて内保局への入局を決めてしまった。長澤が愛人だと思い込んでいた。  離婚直後に長澤と歩いていたのは、隠れ家的なバーへ行き仕事上のやり取りをするためだっただけ。その裏取りは、公安警察の人間が尾行していた。長澤に気付かせなかったのは、流石としか言い様がない。 「母さんを亡き者にしたことを、後悔しているか?」 「……俺たちを生んで育ててくれたことには、感謝している。だが俺の大切な人を、愛人と結託して殺したことだけは絶対に許せない。国家機密を売り渡していたことも。後悔なんかしていない」 「私は、自分の思い込みの強さに呆れている。長澤教官を愛人と思い込んで怨んでいた。私はこの罪を一生背負っていく」  同時に有紗は、訓練生時代のことを思い出していた。利き手と同じように、左手でも自在に銃を撃てるように仕込まれた。吊っている左腕を眺めながら、左手で銃を撃つときに右肩が僅かに動く癖が克服されるまで、意識して撃つように誓った。  子どもたちを等分に眺めつつも、英人の心中も複雑だ。だがそれでも、この親子は国を護る組織に身を置き、生きていくことを決めたのだ。例え戸籍上子どもたちは死人(しびと)になっていようと、こうして会おうと思えば会える。生きていれば、会えるのだ。 「さあ祈ろうか。俺たちの新しい家族の冥福を」  英人の声を合図に、三人は長い長い哀悼の祈りを捧げる。  裏切り者たちの犠牲になった東条一家、間島、香澄、長澤の御霊(みたま)が安んじられるようにと。                 了
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