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耳は整形ができないと言われているが、技術的に不可能ではない。ただ非常に高度な技術を持つ医師が必要なことと、術後の激痛が長引くので世間一般的には不可能とされているだけだ。
「塚原チーフから聞きました。いよいよXデーが近いと」
本来ならば遠矢サブチーフ配下である、本物の王子よりひとつ上で二十五歳の浅倉。訓練生時代は有紗と一、二を争うほどの、銃器類のエキスパート。いざとなれば、己の身を護ることくらい朝飯前だ。整形前の浅倉を知っている有紗からすると、別人の顔になっている現在の彼には、違和感しかない。だが纏う空気は昔のままで、安堵感が胸中を支配する。
「久しぶりです、有紗さん」
三人の中では有紗だけが旧知の仲なので、浅倉は自然に彼女に微笑みかけてきた。訓練生時代は、最大のライバルとしてお互いに意識し合い、しのぎを削ってきた間柄。訓練過程終了と同時に、浅倉は王子の替え玉となり、有紗は暗殺専門である幽霊セクションの一員として、現場で働いてきた。二人が顔を合わせたのは、実に四年ぶりになる。
この替え玉作戦は塚原チーフ主導なので、出向という形で浅倉は塚原の指示を受けている。親密そうな空気を察して、隆宏が面白くないという顔で二人を等分に眺める。
「妬けるな」
そう口の中で呟いた隆宏は、そのまま玄関へと移動した。
「貴方がお兄さんの健人さんですか? お噂は有紗さんから、訓練生時代に伺っております」
「こちらこそ、君のことは妹から聞いてるよ」
「ろくでもない話でしょう?」
「まさか。君は他人に殆ど関心を示さない妹が、唯一ライバルと認めた人物だよ」
「光栄です。実際、有紗さんは特別な存在ですよ。今も」
意味ありげに目を細めて笑う浅倉に、有紗は無表情で応える。なまじ本来の顔立ちを知っているがゆえに、何とも面映ゆい。玄関で会話を聞いているだけの隆宏には、面白くない空気だ。浅倉も有紗も、お互いを憎からず思っている風に聞こえるからだ。
「で? 護衛チームというのは全員、信用できるんだろうな」
三人が醸し出す親しげな空気が気に入らず、隆宏はうっかり失言をしてしまった。護衛チームの中にもし裏切り者が紛れていたり、盗聴器が仕掛けられていたら、こちらが真実を知っていると匂わせているも同然の発言なのだ。警戒を怠らないのは敵も同じ。今の隆宏の発言は、聞きようによっては悪事は発覚しているぞと、教えているようなものだ。
「我々を疑うのですか?」
案の定それを聞いた浅倉から、殺気が立ち上る。それによってようやく隆宏は自分の失言に気付き、謝罪する。松坂がこの場にいなかったのは、不幸中の幸いだ。それは建前でもあり、兄妹に対する本気の謝罪でもあった。
「まぁいいでしょう。我々は来たるXデーに向けて、団結しなければなりません。護衛チームは二十四時間、交代制で僕を護衛しています。皆さんの役割は、僕のボディガードです」
浅倉は三人を見渡しながら、そう宣言した。
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