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「なんですってチーフ、もう一度おっしゃってください」
建人の緊迫した声に、その場に居た他の三人にも緊張の色が走った。思わず有紗が兄の傍に近づこうとしたとき、兄は真っ青な顔色で通話を終えてしまった。
「兄さん?」
「香澄が、遺体で発見されたそうだ」
倉科兄妹の周辺だけ、時が止まった。互いの鼓動が、部屋中に響くかのような錯覚を覚える。長いようで短い沈黙は、隆宏の声によって破られた。
「遺体ってどういうことだ?」
兄妹は弾かれるように部屋を飛び出していてしまった。状況が把握できない浅倉が、残された隆宏に説明を求めてくる。
「あぁ、お前さんは知らないんだったな。香澄さんって人は、建人の婚約者だ。もうすぐ式を挙げる予定だった」
浅倉は、二人が大慌てで部屋を出て行った理由に納得がいった。遺体で発見されたとは、ずいぶんと穏やかな話ではない。この内保局に所属する人間は、基本的に基地内で生活することが多い。しかし全員が基地内で生活するわけではなく、倉科兄妹のように普段は外部で暮らす者も少なくない。
「その香澄さんって人は、外部に住んでいたんですか?」
質問の内容に、隆宏は肩をすくめる。
「彼女は女性では珍しい銃器工だ。彼女の曾祖父は若い頃、旧陸軍で銃器工をやっていたらしい。祖父さんもお父さんも陸自で銃器類のメンテナンスを担当していて、その流れで彼女も自然とこの世界に入った、と聞いてる」
四代にわたって銃器のメンテナンスに関わっている事実に、浅倉は驚いた。
「高田香澄さんは、腕の良いガンスミスだよ。彼女の他にも幾人かガンスミスがこの組織には居るけれど、彼女の腕を見込んで専属を申し込む人間は後を絶たない。だが彼女は倉科兄妹の他には、長澤主任を含む二人ほどしかメンテナンスを請け負っていないんだ」
基本的に銃のクリーニング等は、所持者が責任を持って行う。しかし使用し続けていると、どうしても歪みが生じたりなど不具合が発生する。それを専門的に修正するのが、ガンスミスの仕事だ。銃の所持者は各々、癖のようなものがある。その癖すべてを把握して、各エージェントの好みに合うように整備しないといけないので、多くのクライアントを抱えることができない。
内保局の幽霊セクションに所属する暗殺者は全部で十五人。ガンスミスは三年前に一人亡くなり七人だけだが、女性の香澄にとって、これ以上増えるのは負担でしかない。浅倉は組織に属するベテランのガンスミスに依頼しているため、香澄の存在を知らなかった。
(建人さんと結婚するくらいだから、まだ若いよな。僕らと同世代なのに、ガンスミスの道を歩んでいるなんて)
内心で舌を巻きながら、有紗の周囲には才能の固まりのような人間が集うと思い至り、今の自分では彼女の隣に――いつかパートナーとして並び立てるか、少し自信がなくなった。訓練生時代は腕前は互角だったが、修了後はすぐに替え玉として実戦から離れている。有紗が若いながらも第一線で活躍していることに、並々ならぬ焦りを覚えていた。
「高田さんはその仕事の性格上、殆ど本部に詰めていた。そんな彼女が遺体で発見されたとなると」
隆宏はそこで一旦言葉を切り、ことさら声を潜めて呟くように言った。
「殺害犯は、どう考えても内部の人間だよな」
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