第二章 トリックスターの暗躍

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 死後からどれくらい経過しているか、現時点で判らないため何とも言えないが、確実に倉科兄妹は容疑者リストから外して良いだろう。もし彼らが犯人なら、わざわざ本部内で殺し遺体が見つかるような、失態は犯さないはずだ。では、誰が――。 (この人、という可能性も否定できないか)  隆宏を目の端で捉えつつ、さりげなくヒップホルスターから、愛用のワルサーP99に手を掛ける。 「俺を疑うのはお門違いだぜ、坊や」  さすが実戦経験が豊富な隆宏は、わずかな空気の動きを察知して、前を向いたまま声をかける。ワルサーP99に掛けた手はそのままに、浅倉はそれでも油断をしない。 「その証拠は?」 「うーん、それを言われちまうと苦しいが、少なくとも動機がない。俺は有紗ちゃんに好意を持っている。もしかしたら、義姉になるかもしれない人を殺害して、何の得があるんだ? 死亡時刻次第では、完璧なアリバイがあるかもしれないしな」 (アリバイ――でもあの慌てぶりからして、兄妹が犯人とは思えない)  倉科兄妹の、あの泡を食った慌てぶりは演技ではないと、プロとしての直感が告げている。あんなに色を失った有紗の姿など、訓練生時代でも見なかった。常に冷静で時には冷酷な彼女が、自分を見失うほどに慌てたならば、やはり兄妹は違う。己の淡い想いのフィルターを抜きにしても。 「倉科兄妹への疑いは持っていませんが、貴方への疑惑が晴れたわけではありません。それに、坊やは止めてください。浅倉昌行(まさゆき)という(れっき)とした名前があります」 「そいつは失礼した。謝るから、いい加減に物騒な物から、手を放してくれよ」  両手を挙げて、降参とばかりのポーズを取る隆宏。だがその太い腕がいつ裏拳を飛ばしてくるか、後ろ回し蹴りを放つか判らない間合いに、未だ浅倉はいる。ゆっくりと間合いを取ってから、ようやくワルサーP99から手を放した。  気配を察して、それでも両手を挙げたまま隆宏は振り向く。相変わらず顔には薄ら笑いを浮かべているのが、妙に腹立たしい。 「で、お前さん年齢(とし)はいくつだ? 幽霊セクションには、下は十代、上は七十代の現役暗殺工作員がいるからな」 「二十五歳ですよ。この包帯が取れたら、本来の顔をお披露目できますから年相応に見えるはずです」 「結構若いんだな」 「有紗さんと二つ違いです」  ちなみに彼女は二十七ですと、隆宏が知らない情報を教える。こればかりは、訓練生時代に苦楽を共にしてきた特権だ。 「俺もそうだけど二十代や三十代、中には十代で戸籍上は死人扱いになっている奴もいるが、お前さんは後悔していないのか?」 「岡崎さんは?」  質問に質問で返すなと言いながらも、隆宏は肩をすくめてから真面目に返答をした。
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