第二章 トリックスターの暗躍

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 三年前に報告書のデータ改竄があり、登録されてない銃が密かにメンテナンスされた過去がある。当時は誰が所有している銃なのか判らずじまいで、有耶無耶になってしまった。その銃をメンテナンスしたであろうベテランのガンスミスは、データ改竄が発覚した翌日に不可解な死を遂げた。事件と事故、あるいは自殺とあらゆる可能性を考慮して内部調査が行われたが、動機は解明されないままだった。  最終的に自殺と判断されたが、その動機も遺書も不明なまま時は流れていた。ほぼ同時期に塚原の部下で、幽霊(ファントム)セクションのエース級エージェントが不審死を遂げたことも相まって、そのガンスミスの不審死はいつの間にか報告書の中で埋もれてしまった。  オフィスに着き、隠しカメラと盗聴器がないか念入りに確認した後、塚原は兄妹を招き入れた。黒檀の重厚なデスク前に立った兄妹は、真剣な面持ちをしている。 「高田くんが担当していた最後の仕事は、建人くんのコルト・ガバメントだ。だがそれはC国の暗殺チーム撃退任務直前のことで、君はメンテナンスが終了した銃を携帯して、任務に就いている。その後の記録は、大平(おおひら)さんの許に残っていないそうだ」  そこまで話したところで、塚原のデスクの内線が鳴った。暗号回線に切り替えて盗聴を防ぐと、塚原は話の内容に聞き入り、短くそうかと返事をすると通話を終えた。 「監察医から連絡が入った。高田くんの体内からは、RIP社のホローポイント騨が検出されたそうだ」  その台詞に、兄妹の顔が怒りに強張った。 「ホローポイント騨ですって? あれを、香澄さんに撃ち込んだって言うんですか?」  珍しく感情を露わにした有紗が、塚原に掴みかからんばかりに詰め寄った。 「落ち着け、有紗」 「これが落ち着いていられるわけないでしょう? 兄さんだって、ホローポイント弾の殺傷力の高さは重々承知でしょうが!」  銃器類のエキスパートだけあって、ホローポイント弾の危険性をマシンガンのように熱弁する。  ホローポイント弾。着弾すると弾頭が開き、接触面積が大きく広がる。故に人体を切り裂くように傷つけ、尚且つ貫通しない為に二次被害が出ない。確実にターゲットを仕留め、無関係の人間や建物などに影響を与えない弾丸。もっとも、建物に撃ち込んだ場合はその場で弾頭が開くため、めり込む状態になる。対物には不向きな銃弾ではあるが、対人には確実に――だが筆舌に尽くしがたい苦痛を与えて、確実に死に至らしめる。 「話はまだ途中だ、有紗くん」  冷静な塚原の声に、我に返った有紗は申し訳ありませんと謝罪する。だがその拳は固く握られており、悔しさを隠そうともしない。これほどまでに感情を露わにする妹を見るのは、実に十年ぶりだなと健人は小さく嘆息する。母だった女の不貞を知った、あの日以来のことだ。
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