第二章 トリックスターの暗躍

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「長澤!」  有紗の目が憎しみに燃える。母親を父から奪った男。その男が今度は、兄から婚約者を奪ったというのか。認めたくない現実の証拠画像を眼前に突きつけられ、兄妹は怒りと悔しさで全身を細かく震わせる。もう誰の諫めも耳に入らない状態の兄妹に、塚原は淡々と話を進めていく。 「この画像は、まだわたしの許にしか届いていない。これから上層部との会議で提出するが、内部調査でも佐々木情報分析官のパソコンから、いろんなサーバーを経由してC国大使館とやり取りしていた形跡があるそうだ」  兄妹は愕然とした。母親だった女は私的には夫を裏切り、公的には国を裏切っていたのだと、確たる証拠を突きつけられた。目の前が暗くなる思いだった。 「内保局の前身である内調時代から国家機密に関わってきたくせに、恥を知れ!」  内心の不満を盛大にぶちまける健人。兄に先を越され言葉を発せなかったが、有紗も同じ気持ちだった。手を傷つけると銃を撃つのに支障が出るため、代わりに唇を強く噛みしめる。  十年前、この内保局誕生と同時に、母は家庭を捨てた。兄妹は当時二十二歳と十七歳だったが、母が男と連れ立って歩いているところを偶然目撃し内保局へ入局後に、不倫相手は長澤だと判明した。憎き男の顔を、忘れるはずがないのだから。  離婚後は旧姓の佐々木を名乗り、元々勤務していた内閣調査室から内保局へ編成が変わった後も、情報分析官として働いている。塚原も長澤も内調の現場担当だったためそのまま内保局へ異動し、塚原は現場を退き長澤は現場工作員兼射撃指導者という立場になり、現在に至る。 「この写真だけでは、二人がガンスミス・セクションに入ったというだけで、状況証拠としても弱い」 「それでも充分です。あの二人を、裏切り者を始末させてください」 「待ちたまえ建人くん。今の君たちでは冷静さを欠いていて、却って目を引く。くれぐれも短慮を起こさずに。君たちの精神状態では任務に支障をきたすので、暫く任務から外す。高田くんの葬儀が決まったら連絡するから、内保局内にいること。いいな、これは命令だ。退出したまえ」  兄妹が渋々ながらも退出したことを確認してから、塚原はデスク左側の内線ボタンを押すと 「岡崎くん、浅倉くん。オフィスまで来たまえ」  と、お目付役ともいうべき二人を呼び出した。 「ったく一体なんの用で呼ばれたんだか。こんな状況下で新しい任務って言われても、あまり気乗りしないな」  隆宏が半ばぼやくように言うが、浅倉は押し黙ったままだ。先ほど心に浮かんだ疑念が、ぐるぐると回っている。 (いつまで塚原チーフの許にいないといけないんだ。遠矢サブチーフの許に、帰して欲しい)
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