第二章 トリックスターの暗躍

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 ひとり残された塚原は暫し呆然としていたが、三人の姿が完全に消えると盛大に舌打ちを漏らした。 「遠矢め、余計なことを言いやがって」  普段からは想像もできない強い口調で悪態を吐いた刹那、手許のタブレットに鑑識から連絡が入った。それは香澄殺害に使われた凶器が、特定されたというものだった。  施条痕(ライフリング)から三年前に持ち主不明と判断され、以後も行方を追っている凶器――コルト・ローマンとの報告書だった。今どき珍しいリボルバー銃。しかしリボルバー銃は未だに根強い人気がある。内保局に所属する暗殺工作員は、全員オートマチック拳銃を支給されている。サブハンドガンを含めてだ。 (コルト・ローマン、か)  塚原がそう思いを巡らせていると、再び新着メッセージの通知音が響いた。それは司法解剖も終わったので、香澄の葬儀を明後日の午前中に執り行うというものだった。このことを建人たちに報せるべく、塚原は小さく息を吐くとタブレットを操作し兄妹へメッセージを送った。  遠矢のオフィスは塚原よりもひと回り狭いが、部下を座らせるためのソファがデスクの対面に設置されている。黒檀のデスクは各セクション・チーフの共通備品だが、部下の着席を室内で許す上司は珍しい。  五人掛けのゆったりとした革張りの高級ソファは、体格の良い隆宏とどちらかと言えば細身の浅倉が、一人分を互いの間に空けて座ってもまだ余裕があった。楽にしてくださいとの遠矢の台詞に甘え、隆宏は遠慮なく足を組みリラックスモードになった。  上司の前だというのに素を出し過ぎている隆宏の態度に、浅倉は小さく苦笑を漏らしてしまった。遠矢も隆宏の失礼な態度を咎めることなく、タブレットに送られてきた二通の連絡事項を通達する。 「たった今、ガンスミス・セクションの高田香澄さんの葬儀が明後日に決定しました。それと、高田さんを死に至らしめた凶器が判明しました。コルト・ローマンだそうです。三年前に所持者不明の、内保局に届け出のない不法な拳銃です。間島(まじま)くんの事件にも使用された、いわく付きのヤツですね」  ひと息()いた遠矢が間島の名前を出したとき、珍しくその顔に暗い影を落とした。 「三年前に謎の死を遂げた、間島さんの命を奪った凶器と同じコルト・ローマンかよ」  苦々しげに隆宏が呟く。間島の名前は知っているが、その頃にはもう王子の替え玉作戦に従事していた浅倉は、間島の事件を詳しく知らない。その疑問が表情に出ていたらしく、正面の遠矢が真面目な顔で浅倉のために説明を始めた。  三年前、塚原配下の腕利きエージェントであった間島が、陸軍幕僚総長を護衛中に謎の死を遂げた。死因は背後から頭をホローポイント弾で二発、撃たれたこと。更に念入りに背中側から心臓も撃たれており、確実に死に至った。  もっともこの陸軍幕僚総長には、自衛軍の最高機密を半島に売り渡そうとしているとの疑惑が以前から持ち上がっており、公安警察でも裏取りが進められているほどだった。この件に関しては普段仲が悪い内保局と公安警察が手を携え、協力して内偵を進めていた。公安警察側の責任者は倉科(くらしな)英人(ひでと)警視正で、内保局の責任者は情報分析セクションの総責任者である門脇(かどわき)だ。  二人は専用の電話回線を使い、ハッキングをされた瞬間に回線を切断し以後は二度と同じ回線を使用できないという厳重なセキュリティの元で、情報を交換していた。陸軍幕僚総長の側近たちに対して慎重に根回しを行い、秘密裏に裏取りを進め犯行が確実視された。  すぐさま内保局の局長であると同時に内閣総理大臣でもある杉山に連絡が行き、彼は情報が半島へ売られる前に幕僚総長を暗殺する密命を内保局の幽霊(ファントム)セクションに下そうと決意。  しかしその密命を内保局ヘ下す直前に、間島は暗殺されてしまった。幽霊(ファントム)セクションの総責任者である加賀谷(かがや)は、間島にこの任務を下そうと思っていただけに彼の暗殺にショックを隠しきれなかった。
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