終章 鎮魂の祈り

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 塚原の処刑から一週間が経った。新しい所属先となる遠矢のオフィスに呼ばれた倉科兄妹は、そこで処分を下される。 「上層部の決定を申し伝えます。二人とも偽の命令を遂行しましたが、実母と射撃指導員に重傷を負わせた事実は消えません。よって二人を三ヶ月の謹慎処分に処します。有紗さんは左肩の療養に、建人さんは傷心を慰める期間に充ててください。もっとも、時間は足りないでしょうが」  上層部の温情に、二人は無言で一礼した。 「三ヶ月後に、今度はわたしの許で働いてください」 「はい!」  兄妹はオフィスを辞すと、そのまま内保局も後にした。二人は香澄が眠っている霊園へ足を運ぶと、そこに久しぶりに会う人物の姿を認めた。 「久しぶりだな二人とも。おや有紗、肩を怪我したのか」 「お父さん、久しぶり」  そこには喪服に身を包んだ兄妹の父、倉科(くらしな)英人(ひでと)が立っていた。兄妹も喪服に身を包んでおり、親子は高田家の墓へ急ぐ。 「正式に紹介される前に、こんなことになって残念だよ建人。お前が選んだ人だから、素敵な人だったんだろうな」 「ああ。俺には勿体ないくらいの、いい女だったよ」  三人は誰も居ない霊園で花と線香、蝋燭を供えて静かに手を合わせる。 「親父は、あいつらを許せるか?」  息子の問いかけに父は、目を伏せるといいやと答えた。 「今だから話すが」  英人は真っ直ぐ墓を見つめたまま、独り言のように言う。 「あいつらの不貞は、早い段階で気付いていたさ。これでも警察官の端くれだからね。問い詰めるのは簡単だったが、慰謝料を貰ってそれで放免というわけにはいかない。当然だろう? 長い付き合いだった。簡単にくっつかせてたまるかと思ったよ」  だんだん不穏な空気に包まれていく父親。殺気を放たれ、二人は条件反射的に腰を落とし身構えてしまう。そんな子どもたちに視線を投げ、ほんの少しだけ殺気を和らげた。  英人(ひでと)の述懐は続く。 「お前たちには正直言って、悪いことをしたと思っている。本来ならばお前たちは生きて、素晴らしい輝ける人生が待っていたはずなのに。俺の復讐の道具にしてしまった」 「復讐?」 「健人、有紗。十年前お前たちに死人(しびと)になるよう勧めたのは、俺の個人的な復讐のためだ。知っての通り俺は公安警察の人間だ。離婚に関するゴタゴタで正体が露見することは避けたかった」  英人の述懐を纏めるとこうなる。  公安警察とはその性質上、家族であっても職務を明かしてはならない。離婚するときに裁判となれば、記録が公式のものとなって残る。しかもそれは誰でも閲覧可能なのだ。正体を隠さねばならない公安警察官の英人にとって、何としても示談ですませねばならない案件ではあった。  しかし前述したとおり慰謝料を貰って、ハイさようならでは男の沽券に関わると思い、その選択肢を拒絶。しかも調査をすると二人は、国家機密を反日国家に売り渡している事実まで発覚した。 「嘘だろ……こいつら、内調にいるくせに!」  夫婦関係を壊しただけに飽き足らず、国家をも崩壊させるつもりなのか。どこまで虚仮(こけ)にすれば気が済むのか。英人は仕事に誇りを持っている。抑えきれない怒りが身の内をじりじりと焦がす。 「絶対に許さない。俺を――国家を裏切った報いを、必ず受けてもらうぞ」  ちょうどその頃、子どもたちが母親の不貞現場を目撃して所轄署に引っ張られたという情報を得た。二人は間違いなく自分の子だった。こっそりDNA鑑定をしていたし、妻の不貞が始まったのは有紗が小学校に入学した頃からだった。
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