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約束の日。
指定されたショッピングモールの駐車場で兄妹はワンボックスカーに乗せられる。すぐさま目隠しとヘッドホンを付けられ、視覚と聴覚からの情報を完全に遮断された。どこかで一度降ろされたときもそのままの状態で、手を引かれて別の車に乗せられた。
ようやく自由を得たとき、航空自衛隊改め日本国空軍の横田基地正門前に兄妹の姿を見ることができた。事前に許可を得ていない部外者は立ち入り禁止の筈なのに、この日は基地の人間の姿が見えなかった。代わりに二十人ほどの一般男女が居た。年齢はバラバラだが、彼らは全て戸籍上は死人。何処にも存在しない人間たちだ。追い立てられるように基地に入ると輸送ヘリに乗せられ、日本国陸軍の北富士駐屯地に着く。
「君たちにはこれから、軍事訓練を受けてもらいます。基礎体力や射撃訓練など、陸軍と同じ訓練です。申し遅れました。基礎訓練を担当する、遠矢です」
いわゆる迷彩服に身を包んだ三十代半ばの遠矢は、人好きのする笑顔でさらりと全員に、これから地獄の日々が開幕することを告げた。
ひと目で最年長と判る六十代前半と思しき男性をのぞいて、彼らには陸軍が着る訓練服が渡された。いつの間にサイズを測られていたのか判らないが、ワンサイズ大きい訓練服が全員分あった。コンバットブーツも用意されており、スニーカーやヒールに慣れている者たちには重くて仕方がない。男女別の部屋は二段ベッドとロッカーが大半を占めており、五分で着替えるよう指示された彼らは、何とか着替えて集合場所へ移動した。遠矢は彼らを一列に並ばせると、先ほどまで見せていた笑顔を消すと厳しい口調で告げた。
「早速ですが、基礎体力向上訓練に入ります。この方は三ヶ月前まで現役の陸軍大佐でしたので、基礎訓練は免除となります」
最年長の男性は素早く敬礼をする。つい最近まで現役だと判るその動きに、一般人たちはぎこちないながらも敬礼を返した。
「まずは走り込みから。言っておきますが、男女平等に訓練を受けてもらいます。女性だからといって距離の短縮や免除は一切ありません」
その辺は軍隊と同じのようだ。その台詞に一部女性陣の顔が青くなったが、お構いなしに遠矢は続ける。
「あなた方は戸籍上はもう死人扱いです。ですのでこの訓練で最悪、命を落としたとしてもご家族に連絡は行きません。死者を出すことはこちらも本意ではないので、死に物狂いで付いてきて下さい」
現役の陸軍軍人も入隊以前は一般人だ。今から行われる基礎訓練を経て立派な軍人となっていく。集められた彼らは内閣保安情報局の中でも、特殊な部署に所属するためにこうして軍事訓練を受けている。生半可な気持ちでここに来たわけではないが、改めて怖いところに来てしまったと怯える者が半数だった。
「どれだけ訓練に耐えられるでしょうかね。半分も残れば御の字ですかね」
「ざっと見たところ、三分の一は既に目が死んでますからね。後方支援勤務に回すにしても、基礎訓練だけは修了させないと」
最年長の元陸軍大佐の中田は、厳しい目つきで走り出した男女の集団を見送った。
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