シンデレラフィット

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 痛い。  佐藤奈穂は、かかとがすり切りれているのを感じながらも、なんとか足を進める。 「佐藤さん、聞いてる?」  横を歩いている上司が、むすっとした表情をして奈穂を軽く睨んだ。 「はい。えっと、社長の最近の好物ですよね?調べておきます」  奈穂がそう言うと、上司は満足気にうなずき、「よろしくね」と言い、どんどん前を歩いていく。  上司は来週に迫った社長の誕生日で頭がいっぱいのようだ。  ものは受け取らない主義の社長は、スイーツに目がない。甘いものなら「もったいないしなぁ」と言いながら、受け取り上機嫌になる。  この会社に入社して10年が経つが、未だに社長の好物を自分が調べなければいけないことには、納得がいかない。  それでも仕事の一貫、賃金の代償、と割り切る。  賃金をもらうことで、好きなものが買えて、好きなものを食べることができるのだ。  どんどん進んでいく上司に置いていかれないように、奈穂もそのあとに続く。  きっと、いや絶対、この上司は奥さんの髪型が変わったことにすら気づかないタイプだ。  奈穂は、新しいこのパンプスを履いてきたことを後悔しつつも、上司のどうでもいい話に愛想笑いを浮かべる。  今日の外回りはこれで終わりだ。  あとは会社に戻り、内勤業務をする。  外回りが増えたせいで、今日も残業は免れない。  
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