対N作戦群

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対N作戦群

「こちらチャーリー6(シックス)、チャーリー6(シックス)! 応答願う、応答願う! チャーリー4(フォー)もやられた! ()ちそうにない! 至急応援求む! 至急応援求む!」  銃声と爆発音、そして地鳴りばかりが聞こえる中、通信兵の必死の呼びかけが辺りに響く。 「どうだった?」 「応援は送れない。俺たちだけでここを死守しろ、とのことでした」 「予想通りだな」 「くそ!」  通信兵が本部への憤りを拳に乗せてコンクリートの壁にぶつければ、相手の男は(たしな)める。 「おいおい、そんなことで無駄に怪我をするんじゃあない。その怒りはあいつら、侵略者どもに向けてやれ」 「ですが、隊長!」 「いいな?」 「……イエッサ!」  同時に地下指令室の通信機から聞こえてくるノイズ混じりの報告。 「第7波、襲来。迎撃を開始します」 「了解。死ぬなよ」 「ライアン隊長の下で戦えて自分は幸せでありました」 「二度も言わせるな。死ぬなよ」 「前向きに検討します!」  やれやれ、俺の隊の奴らがこんなに死にたがりだったとはと、口をへの字にする。  今、俺たちの祖国は蹂躙されていた。正体不明の未知なる侵略者、NUIGURUMIによって。  奴らが初めて現れたのは地方の町だった。突如、町のメインストリートをぬいぐるみたちが闊歩(かっぽ)し始めたのだ。住民たちは気味悪く思いながらも、その愛らしい(さま)にすっかりと心を奪われた。すっかりと油断した。  噂を聞いて駆け付けた野次馬が写真や動画を撮影してSNSに投稿し、更なる野次馬が押し寄せた頃に事件は起こった。それまで膝下から小さな子供程度の大きさだった歩くぬいぐるみたちが突如として巨大化したのである。その高さ、実に5m超。そしてそれらは何事もなかったかのように町を歩き続けた。  賢明な者なら、これがいかに危険なことかお分かりだろう。ご明察の通り、人や建物、自動車などがあっても、これが自分の進む道だとばかりに構わず歩き、多くの人的、物的被害が出たのである。  この事態に町長はすぐに動き、警察にぬいぐるみの破壊を依頼した。だが、結論から言えば、これはぬいぐるみの脅威を世間に知らしめる為だけに終わってしまったのである。そのモフモフボディには警察の拳銃や対人ライフルなどの一切の武器が通用しなかった。そればかりか大型ナイフですらも。  そして町長は軍に出動を要請する。軍は試行錯誤の末に戦車、あるいは対戦車ライフルからの徹甲弾による攻撃が有効と判明し、この町の事件は大きな犠牲を出して幕を閉じる。そう、あくまでもこの町の。  その後、各地で同様の事例が相次いだことにより軍の対応能力は限界を迎え、遂には10mを超える巨大なものも出現するに至った。そして政府はここまでの事態になって(ようや)く重い腰を上げる。  独立歩行するぬいぐるみを特殊異常事象NUIGURUMIと呼称し、選抜部隊である対特殊異常事象作戦群、通称『対N』を編成したのであった。 「状況はどうだ?」  NUIGURUMIも日々多様化している。モニターでも見えるのだが、やはり肉眼でも見なければなるまいと、俺は地上に張り巡らされた塹壕の中から双眼鏡で様子を探る。  すると目に飛び込んできたのは、すぐ近くにある5階建てのビルと同じ高さのパンダのNUIGURUMIであった。  二頭身に短い手足、特徴的な白と黒の配色、光を反射する黒一色の(つぶ)らな瞳、いかにも柔らかそうな毛並み、そして、手作り感溢れ出るチューリップハット。全てが愛くるしい。  ああ、何という事だろう。あれは娘にあげたパンダのぬいぐるみ『シャーリー』じゃないか。もっとパンダっぽい名前にしなさいと娘には言ったのだが、結局シャーリーという名前になったのだ。娘が幼いときは、家の中は勿論、外に出るときも一緒だった。お外は暑いねと娘が言うので、妻が帽子を作って被せたのだ。何よりも、本当は俺がその愛らしさに一目ぼれして買ったのだ。  ああ、たまらない。もふもふしたい。もふもふもふもふしたい。もふもふもふもふもふもふしたくてたまらない。あの大きさならロマンもふもふ、無限もふもふ出来るんじゃないか? いいや、きっとそうだ。無限もふもふできるぞ。無限もふもふできるなんてここは天国じゃないか。  だが、無情にもシャーリーに容赦なく弾丸が食い込んでいく。  俺のもふもふが減ってしまう!  俺の!  もっふもふ!  俺は塹壕から飛び出し、無我夢中で駆け出した。 「たいちょおぉぉぉぉぉーーーー!?」 *  悪夢を見た気がして、私は真夜中に飛び起きた。慌ててベッドの隣の椅子を確認すると、そこにはいつも通り、感情のない瞳で私を見守るシャーリーがいた。  ライアンって誰だろうと思いながらも、私はシャーリーを抱いて再び眠りに就く。 「あら? シャーリーったらまた大きくなったのかしら? 食いしん坊さんね。ふふふ」
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