スーパースターになった男

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 俺は田舎からの荷物を抱えたまま、吉田の部屋のチャイムを鳴らした。 「開いてるよ」  間の抜けた声が帰ってきた。  都会の片隅にあるアパートの一室。吉田はこたつでカップラーメンをすすっていた。 「よう、今帰ってきたところ」  俺は荷物をそこに置いて、部屋にずかずかと上がり込んだ。 「何だ、荷物くらい置いてこいよ」  カップ麺の汁を吸いながら吉田が言う。 「寒くて。ちょっとこたつに入れさせてくれよ」 「早かったな」  箸をおいて吉田が言う。 「家に居ると就職のこととか、色々うるさくて」 「やっぱり地元に就職するのか」 「親がうるさいから。帰ってこいって。あ、ちょっと待ってろよ」  俺は玄関先に置いた荷物の中から、段ボールの箱を持ってきた。荷物の中で一番でかくてかさばったやつだ。 「何それ」 「お土産。地元限定で売ってるカップラーメン」 「おお」  血色の悪い顔で、吉田は大げさに驚いてみせた。 「そりゃ有り難い」  吉田はバリバリと段ボール箱を開け、中からカップラーメンの容器を取り出した。  興味ありげにしみじみと眺める。  俺は吉田と知り合って三年近くなるが、部屋ではインスタントラーメンかカップラーメン以外の物を食べているところを見たことがない。肉と魚と野菜が嫌いという、今までどうやって生きてきたのかと思うような変わった男だ。それでもピンピンして毎日を過ごしている。 「そういや、手紙が来てたぞ」  吉田が思いついたように言った。 「誰から?」 「神谷とか書いてあった」 「読んだな?」 「読まないよ。彼女からの年賀状なら読んだけど」 「バカやろ」  俺は吉田の部屋を出ると、隣の自分の部屋のカギを開け、取りあえず荷物を中に運び込んだ。  アパートの入り口に戻って、そこに並ぶ郵便受けを覗く。年賀状が三枚に手紙が一通入っていた。地元の友人は地元の家に年賀状を寄越すし、大学の友人は筆不精の集まりで、ラインの『あけおめ』で済ましてしまうから、年賀状が三枚も来ているのに驚いた。  一枚はさっき吉田が彼女と言ったけれど、まだ全然そんな関係じゃない江上日向子からで、あとの二枚は行ったことのある店の初売りの案内だった。  手紙は高校時代の親友、神谷光からのものだった。  神谷は物を書くということが苦手な男で、手紙どころかはがき一枚寄越したことがないのにと思いながら、俺は汚い字の並んだ便箋を広げた。  東京オリンピックの代表に選ばれたい。そして選ばれたら決勝まで進み、日本記録の更新とメダル獲得を狙って頑張りたい。オリンピック後には自由な時間も取れるだろうから、久しぶりに一杯やろう。  大体そんなことが書かれてあった。  俺は今ではすっかり英雄となった男の顔を思い浮かべた。  1メートル90近い身長に細長い顔。顔の造りは逆に目も鼻も口も小さい。いつも代わり映えのしない表情で、不愛想にしていることが多い。  そんな大男が百メートルを十秒かからずに走り切るなんて、誰が想像できただろう。  俺は手紙を見せびらかすために、隣の吉田の部屋に行った。
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