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兄の部屋を覗くと、側面に横付けされたベッドを背に、男がテーブル前に座っていた。男の正面に回り込むには距離があって。面倒を感じた僕は、男の脇に腰を下ろす。ラグマットの上に持っていたお盆を置くと、男の前に麦茶とお茶菓子を並べる。
『アゲハに似てるな、この角度』
『……え』
スッと伸ばされた手。その指先が、無防備な僕の項に触れる。
瞬間──ゾクッと身震いし、思わず首を竦める。
その反応が面白かったんだろうか。片手を付き、浮かせた腰を寄せた男が、触れているそこに顔を近付ける。
『……!』
ベールのように掛かる、熱い吐息。ゆっくり押し当てられる、柔らかな唇。
動けずに硬直していれば、揶揄うようにそこを食まれ……
『お前、名前は?』
『………さくら』
『ふん。兄弟揃って、女みてぇな名前だな』
ゾクゾクする程、色気のある低い声。
掛かる吐息の強さから、男が少し笑ったのが解った。
それに気を取られていれば、視界の左右から太い腕が現れ──
……ふわっ、
背後から、柔らかな体温に包み込まれる。
それは泣きたくなる程、温かくて。守られてるみたいで。
幼い頃からずっと、欲しくて欲しくて堪らなかった温もり。
トクン、トクン、トクン、トクン……
少しだけ早い鼓動。
切ない程に昂ってしまう感情。
僕の心音と男の心音が共鳴し、不思議と重なっていく。
心と心が触れ合って、ひとつになったよう。
『……』
強ばっていた身体が、ゆっくりと弛緩していく。
まるで陽だまり。心地良くて……ずっと、こうしていたい。
そう、願っていたのに。
──ドスッ、
青天の霹靂。
突然、後頭部を鷲掴まれたかと思うと、荒々しくベッドに捩じ伏せられる。
縮み上がる心臓。
一瞬……何が起きたのか、解らない。
『……っ、!』
頭を上から押さえ付けられたまま、下着と一緒にズボンを下ろされる。何の準備もされていない後孔。そこに突き立てられる、男の凶器。
『……ぅ″、あぁぁ、あ″っ……、』
痛くて。──痛くて、痛くて。
泣きたくないのに。叫びたくないのに。次から次へと溢れて。意志だけでは止められなくて。
苦しさから逃れる為に息を吸い込めば、シーツから……アゲハの匂いがした。
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