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数時間前──
僕は初めて、ゲイ専用のパーティーに参加した。
『もしかして、だけどさ。……君、男性が好きな人だったりする?』
キッカケは、行きつけのレンタルショップ。店内を彷徨いていると、よく僕に声を掛けてくれる店員が近付き、そう耳打ちされた。
『………はい』
戸惑いながらそう答えれば、同志の集まりがあるから来ないかと、笑顔を浮かべながら誘われた。
でもそこは、僕が想像していたものとは全く違っていて。
ドォン、ドォン、ドォン──
『……あ、ぁあ、』
『ぅお″ぉォおぉ″──ッ、』
唸りにも叫びにも似た、男の低い嬌声。それを掻き消す程の大音量で流れる、アップテンポな曲。
回転するカラーボール。四方八方に散る色鮮やかな光線が闇を切り裂き、壁や天井、絡み合う男性同士の裸体に様々な色を付ける。
『……あの』
怖ず怖ずと、レンタルショップ店員に声を掛ける。
『ここは……』
『ハプニング・バーって知ってるかい?』
『……』
『要は、合意の上でセックスする場所なんだよ』
『……え……』
健全な集まりだと思っていた。
所謂、婚活パーティーのようなものだとばかり。
だけどその実態が、こんな……貞操観念の低いものだったなんて。
戸惑う僕には目もくれず。ショップ店員が離れていく。
『……ま、待って、』
こんな──酒池肉林と化したこの空間に、一人取り残されでもしたら……
恐怖と不安に駆られ、追いかけた彼の袖を両手でキュッと掴む。
『僕を、ひとりにしないで……』
『……』
ドォン、ドォン、ドォン……!
胸を押し潰す程の低音。
色鮮やかな光線が、僕を見下ろす男の顔を掠めるように照らし、消えていく。
『そんなに俺と、一緒にいたい?』
『……』
『なら、……俺と気持ちいい事、しようか』
一見、優しそうな笑顔。
だけど。その双眸は劣情を宿し、ギラギラと怪しげに輝いていて。歪んだ唇の隙間から、欲望を孕む舌先がねっとりと覗く。
『……ゃ、』
本能的に手を離す。
じわりと、蛇のように纏わり付く恐怖。
男から半歩、身を引いた瞬間──逃すまいかとその手が追い掛け、僕の二の腕を掴む。と、同時に乱暴に引っ張り、もう片方の手で僕の腰を抱え込むと、男が顔をスッと近付け──
『なに、してンだてめぇ……!』
ぎゅっと目を瞑った瞬間──肩口から現れた腕が僕の身体を抱え、力強く後方に引っ張られる。
『──!』
トクンッ──
背後から包まれる、温もり。
耳元で感じる、少し乱れた息遣い。
心臓と心臓が重なったような……あの懐かしい感覚。
トクン、トクン、トクン……
『合意のねぇ行為は禁止、ってルールがあンだろ!』
『……っ、』
竜一とは、違う声。
僕を抱く腕も、匂いも、何もかも。
だけど──
振り返れば、キラキラと無機質に輝いて揺れる金糸の髪が、視界に映り込む。
その奥に潜む二つの眼は刃物のように鋭く、少し幼さが残る顔立ちながら、相手を刺し殺すかの如く男を睨む。
両手を胸の前に挙げたショップ店員が、苦虫をかみつぶしたような顔を残して去って行く。
それを見届けた後、背後にいる男の手が緩む。
『なぁ、』
『……』
『このままオレと、一緒に抜けねぇ?』
僕の耳元でそう囁いた男が、戸惑いながら振り返った僕の視界の真ん中で、やんちゃな笑みを見せる。
口角を少しだけ持ち上げ、優しい光を瞳に宿して。
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