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序、人魚が赤子を拾う事
ちゃぷり、と清流を鳴らす音は妙に丸く、可愛らしい。
川岸にて釣り糸を垂れていた鬼は、水音に気付き顔を上げた。
川面から顔を出しているのは、養い子である人魚。ここまでは想定内。しかし人魚は片手で何かを掴み上げていた。何か。
──親父殿、拾いました。
人魚はゆったりと言った。
何か、は人の子。
赤子。小さいものがついている。男子。両目が火傷か何かで潰れてしまっていた。
泣きもせずにくったりとしている。
鬼はうぅん、と唸り眉尻を下げて微笑み、
「……拾うて、どうするんや?」
「…………あまり考えておりませんでした。郷の者にでも渡そうかと」
「食べるか?」
「私は魚の方が好きです」
「そうやなぁ」
鬼が手招くと、人魚はそろそろと泳いで近寄り、赤子を差し出した。くにゃりとして小さい赤子を受け取り、鬼は思案をひとつ。
「うん、泣かんなぁ。水を吸うたわけでもない。うむ」
綾緒、責任を持って育ててやり。
はぁ、と人魚──綾緒は気の抜けた声を上げ、再び赤子を受け取った。途端に赤子は柔く口を開き、わななくように泣く。
「おや、先程までは静かだったのに」
「猫を被っとったんかもなぁ」
「静かに流れてきたのに」
「よう生きとったなぁ」
赤子は泣き声を大きくしていくが、人外の者たちはのんびりと帰り支度を始めるばかりだった。人魚は自身の鱗を二つ、折り取って、赤子の目に滑らせる。みるみるうちに赤子の目が癒え、ぱっちりと開く。泣くばかりだった人の子は息を呑むように、泣くのを止めた。
「人魚の鱗だよ。可愛い子。」
「乳母は……首堂の三番目と四番目の乳母と同じで良ぇかな。二人も三人も変わらんやろ」
鬼と人魚、そして赤子は帰路についた。
赤子はその後、静流という名を授かり、思いの外、健やかに育つことになる。
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