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会いたい。 ある一言、たった一言でいい。 ずっと側に居てくれた、貴方に。その一言を伝えたいのだ。 一言で自分の気持ちは伝わるのだから。 前に伝えたくても、いつも側に居るのが当たり前で、別に次があると過信し、会えなくなってから伝えなかったことを後悔した、あの言葉を。 「また会えたね。」 その一言を私は伝えるために貴方に会いたいのだ。 そんなことを考えながら貴方がいるかもしれない詰所へ、駆け出す。 本音を言うなら、貴方に会えればそれでいいわけが無い。 本当は、「今までの事聞かせてよ。」とか、「私は普通だったー。」とか、当たり障りのない会話をしたい。 それに私は貴方が好きだとも伝えたい。 ずっと一緒にいたから気づかなかったけど離れて気づいたと。 今さらかもしれないが、この気持ちを伝えたい。もし言ってみるなら、 「貴方が好きなの、何があってもずっと側に居てくれた貴方が。貴方と離れて初めて気づいた。私には貴方が必要だって。貴方は私の笑顔の源なの。私はまた貴方と離れたくない。私と一緒にいて欲しい。」 私自身、こんなロマンチックな台詞を言う質ではないが、これを言えば、貴方はどんな表情を見せてくれるのだろうと少し期待し、胸が高鳴る。また、その返答がどんなものだとしても受け入れるつもりだ。 ただ、もし、その事を伝えれない状態ならば、その望みは叶わないもの。もしなんて考えたくない。私は貴方と、会えることを信じている。 そんなことを考えながら ずっと走り、走り、走り続ける。息が切れても少し止まるだけでまた走り出す。きっと貴方がいるはずの詰所に着いた。しかし、名簿には貴方の名前は無い。 近くにいる兵の方に聞いた。 兵曰く、勇敢に立ち向かい、儚く散った者達は、名前が消され、存在が無かったことと、化するという。 そう、名前が無いということは、私の望みは叶わなかったのだ。 叶わなかったではない、これからも、もう叶わないのだ。 また別の兵曰く、貴方は人を逃がして勇敢に立ち向かい、儚く崖から落ちて散ったと聞いた。 そんな正義感の強い貴方が側にいてくれたことを私は誇らしく思う。 しかし、私の望みは生きたうちでは叶わない。 ただ、貴方と同じように散れば―――。 私は望みのためなら、命だって散らせるし、崖からだって落ちてみせる。 もしかすれば貴方と同じところで命を散らすことで、貴方と会えるのではないか、廃人じみた考えではあるが、貴方という存在を無くし、生きる希望を失った私にとっては、とても嬉しい、考え方だ。 私は貴方が散った崖へと向かう。 夕陽は優しく私を見守っているのだろうか、 または、夕陽が私を包み、貴方の元へと向かわせてくれるようだ。 「生きていては叶わなかったが、わたしも散らせた後で、また貴方と一緒に居られることを願っています。どうか、また後で。」 そんなことを誰も居ない崖の反対側を向いて言った。 言い終わるとすぐ海側に向き、まるで、空へ飛んでいくかのようにとても嬉しそうに、飛んで落ちた。 もしも、望みが叶わないと知ったとしても、それこそ叶うまで願い、何を代償に払っても、そこへ向かって走り続けた。 例えそれが、傍から見ればバッドエンドでも、 彼らにとってはハッピーエンドかもしれない。 彼女が、伝えたいことを伝えれたかは命を散らしたことの無いものにとって分かる術は無いのだった。
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