呆れる家臣達

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呆れる家臣達

「まったく、殿の頑固には困ったものだ」 「一体どうした、安西殿」 腕組みをして首を振る安西実元に筆頭家臣の正木時茂が声を掛けた。 「どうしたもこうしたも、殿は一向に正室を迎えようとしない。どんな姫との縁談を持って行っても、頑として聞く耳を持たないのだ」 「またその話か。殿は確かもう28になったはず。家督を継いでもう3年経つ。このまま殿の身に何かあれば、里見家にとって一大事になるぞ」 清和源氏・新田義貞の直系として里見氏が房総半島の統治を始めて約80年。3年前に義堯から家督を譲られた義弘は、第7代里見家当主となっていた。 織田信長は『敦盛』で「人間わずか50年」と舞ったが実際にはもっと短く、鎌倉時代は平均24歳、室町時代の平均寿命はなんと15歳まで落ちた。これは子供の死亡率の高さと合戦の多さが影響している。平均寿命が40歳近くになるのは江戸時代に社会が安定してからで、50歳を越えたのは太平洋戦争後である。 合戦が多かった戦国時代の当主は、16歳までに元服と初陣を飾れば、結婚して正室を迎えるのが当たり前だった。それを義弘は周囲に急かされてもなお、28歳まで独身を貫いている。家臣達が弱り果てるのも当然だった。 正木も何度となく「そろそろ正室を迎えるべきです」と進言した。だがその度に、「私には心に決めた方がいる。その方をいつか必ず迎えに行くぞ!」 と目をキラキラ輝かせる義弘。 「枇杷の木に佇んでいたあの方は、まるで天女の様な美しさだった。きっと西施の魂が海を流れて、あの方に生まれ変わったに違いないのだ!」 と興奮して外へ飛び出そうとする義弘を何とか抑える羽目になった。 ちなみに西施は古代中国の四大美女の一人で、余りの美貌に国が滅ぶと畏れた人々に布袋に入れられて、長江に投げ捨てられた非運の人である。 「西施の生まれ変わりなら、なおさら殿には諦めてもらわぬと」と嘆く正木達だった。
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