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最近のこと
ここ1か月ほど、大学生の正志が外を歩くときは、いつだって神経をとがらせていた。
それは講義の合間の昼休み1時間も含まれている。短い時間なのにわざわざ自転車を飛ばして、大学から1キロくらいはなれた商店街に行くのだ。それで昼食が取れなくなっても構わない。
正志は変わり者なのか?
というと、まったくそんなことはない。
真面目で穏やかで、クラシックギターを愛する、いたって普通の大学生だ。
ただひとつ、
──前野明日香にだけは、“偶然”会ってはならない──
という謎の強迫観念をのぞいては。
もっとも、それだけで十分、変人と呼ぶに値するかもしれない。
正志にとって、単位を取ることよりも、彼女をつくることよりも、大好きなギターを練習することよりも重要なミッションだった。
大学の昼休みは、ほとんどの学生が学食か近所の定食屋、そうでなければ弁当持参か家へ帰ってランチを取る。
同じ学部の明日香も御多分にもれず、授業終わりの友達同士の会話などから、彼女の場合は学食か自宅に帰るのが多いことを知っていた。
授業終了と同時に教室を飛び出し、目的地へと自転車を走らせるといった、正志の一連の奇妙な行動は、すべて明日香に会わないためだった。
しかし、大学近辺のランチタイムで鉢合わせるなんてことは、正志に限らず誰にでもあり得ることだろう。さすがに自意識過剰ではないだろうか。
智也は聞いた。
「どうしてそんなに前野にこだわる?」
「“こだわる”って言い方、やめてくれる?」
不快感を示しながらも正志は説明した。
ランチ時すら避けるなんて、他人から見たらやりすぎだろう。しかし、自分にとって偶然会うことは許されるものではない。
偶然は1%でも99%でも同じ“偶然”なのだ。それが積み重なれば、運命になってしまうではないか。
「運命? よくわかんないけど、別にいいじゃん?」
運命なんてどうでもいいが、かといって忌み嫌うモノでもないだろう、と智也は思ったのだが、
「運命なんてクソくらえだ」正志は吐き捨てるようにいった。
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