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その晩の夜中の2時。舞香はまだ怖い思いを消し去れずにいた。引っ越してからまだ日が浅く、それを象徴するような季節外れの薄い寝具を纏い、浅い眠りについていた。
コンコンコン
夢か現実か分からない頭の状態で確かに玄関の扉をノックされる音を聞いた。
コンコンコン
コンコンコン
続けて鳴っている。
これは夢じゃない。
夢現から覚醒し、がばっと勢いよく身を起こして、舞香はそっと息を殺して玄関の覗き窓から外を見る。誰もいない。何も映っていない。
「だれ……」
空耳じゃないでしょ? 誰が何の為に、こんなに執拗いの?
体に変な汗がどっと吹き出る。鼓動が早打ちして、口の中が乾き咳が出そうになったから慌ててキッチンでコップに水注ぎ飲む。
コンコンコンコンコンコンコンコンコン
その間にも鳴り続ける。
「いや……、なんなのっ」
もう嫌だ。いつまでこの不気味な恐怖と対峙し続けなければならないのか。
舞香は玄関をキッと睨みつけると、素足で扉に手をかける。覚悟を決め、鉄のように重たい扉を思い切り開けた。
だが、そこには誰もいない。
ただ、薄暗い電灯が、チカチカとして、小さな虫が無数に飛んでいた。白いコンクリートの廊下には人の姿は見られない。影さえも。
不意に悪寒がして舞香は扉を閉めて部屋に戻る。
コンコンコン
それを追いかけるかのようになり続ける。
やめて。
コンコンコン、コンコンコン
次第にその音は大きくなってくる。
「やめてっ」
大きく声を出すと、一旦その音は止んだ。
「もうやめてよぅ……、頭がおかしくなりそう」
彼を失って以来、心身的にやつれて不眠症になり、二人の思い出を一切合切全て消去したくてその一心で引っ越したのに! 私は転職までしたのに!
舞香は玄関の施錠を確認して、ベッドに潜り込み無理やり目を閉じた。
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