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第四話 食後のティータイム
舞は、高齢夫婦の坂崎家で住み込みで働く家政婦。
そんな彼女を雇ったのは、夫妻の孫娘、“涼子″だった。
舞は、実にその涼子に興味が尽きないでいた。
まず、男の影をまったく感じないこと。
いや勿論、一人暮らしをしているのだから、彼女の全てを知っているわけではないし、密かに恋人がいてそれを表に出していない可能性は否定出来ない。
しかし、舞は同じ女として、その辺りの勘は鋭いと自負していた。
どんなに隠していても、恋愛中の女性は、それが片想いであってもサインになる言動、行動というのがあるもの。
涼子からは、それが皆無なのだ。
だが、それ自体は珍しいことではない。
学業や仕事に追われていたり、過去の失恋から恋愛に対して距離をおく者もいる。もともとそこまで恋愛に興味がない者も。
しかし、そう…舞から見て、涼子は美人だ。
顔だけでも魅力的だが、実に男が好みそうな豊満な胸と、それでいて引き締まった全体的なラインは、舞にも羨ましいと思うほど。
“男が放っておくわけがない″、彼女を一目見ればそう思うだろう。
そして、嫌味のない性格。
常識、学識はあるが、お嬢様過ぎず、
庶民的であり、見た目よりいい意味で大雑把、明るく柔らかい。
特に二人きりの時は、友達のように接してくれるのだ。
さらに、元警察庁長官の孫娘でありながら、どうやら一切のコネを使わず、警察官になったようで、一流大学を出るもキャリアとしてではなく、巡査から学んでいるらしい。
むしろ、祖父が大物であることは隠しているようだ。
この謎多き涼子について、知りたくて仕方ない舞。
そんな中でも最も気になるのは、その“隙のなさ″だった。
舞は、着衣総合武道“無門会空手″二段であり、団体主催のオープントーナメントで昨年に全国優勝している腕前。
人の持つ戦力を見抜く目はあるつもりだ。
その目に映る涼子に、隙を感じない。
警察官として身を守ったり、人を制圧する訓練は受けているであろうが、彼女から感じる“それ”は、もっと高みにあるような気がしていた。
たまに帰省した際には、祖父母である夫妻と笑顔で話し、共に食事をし、買い物に行くこともあり、とにかく普通な“優しい孫娘″なのだが、そうした中にも常に隙がないように見えるのだ。
例えば、祖母である晶子夫人とテレビを見ながら談笑している時、自分が背中から彼女に襲いかかったとして、それが上手く行く気がしないのだ。
返り討ちに合うことを想像してしまう。
A級ボディーガードの高田、前田も隙はないが、涼子とは比べものにならない。
――気になる…彼女、絶対普通じゃない!
舞のその気持ちは、少しずつ大きくなっていった。
そんなある日の週末、涼子が坂崎邸に帰省した。
夕飯を済ませたあと、彼女の部屋に
紅茶の入ったティーポットを持っていった舞。
持っている盆の上のティーカップは二つ。
「ねえ、舞さん。あなたも一緒にどう?」
部屋に紅茶を、と頼んできた涼子に、お茶に誘われていたからだ。
坂崎家に住み込むようになって三ヶ月。
帰省する涼子とは、祖父母の様子のことを尋ねられることに始まり、雑談も交わすことも増え、その距離は少しずつ縮まってはいた。
「失礼します」
涼子の部屋だ。
天井にはアンティークなシャンデリアがあるが、涼子は机の上の電気スタンドだけを点け、部屋は薄暗かった。
舞は、埃がたまらないよう掃除のために数日に一度は入っていたが、その主がいると少し緊張した。
「ねえ、これ食べよ。紅茶に合うよ」
涼子はカバンから紙袋を取り出した。
楽しみに買っていたという“スイーツ•ムラタ″というケーキ屋で買った、マカロンだ。
「はい、いただきます。今、紅茶淹れますので」
ティーカップに注がれる紅茶から立ち昇る湯気と共に香るそれは、イギリスの“プリンス・オブ・ウェールズ″。
坂崎夫妻の好きな品だ。
カップの乗った受け皿を受け取ると、涼子は「ありがとう」と、舞に笑顔を向けた。
この素敵な笑顔、絶対男は恋に落ちると、舞は改めて思う。
舞は自分の紅茶も淹れると、涼子に促されて、部屋にある一人用ソファーへと腰を掛けた。
――…二人きり…緊張する
表情こそいつもの愛想のない、無機質感の出ている舞だが、色んな意味でドキドキしていた。
興味の尽きない涼子と、二人きりで話すのだから。
「舞さん、緊張してる?」
「え?」
「…あなた、私を見る目が…その、なんて言うか、凝視してるというか…。ひょっとして…」
苦笑しながらそう尋ねる涼子に、舞ははっとしたように目を開いた。
「ち、違います!私の恋愛対象は、男性です!」
そう返す舞を見て、涼子は「あ、意味分かった?いやだなぁ、冗談だってえ」と、笑いながら手をパタパタと振った。
だが、このやりとりのお陰で、舞の緊張は少し緩んだ。相変わらずの隙のない涼子だが、別に“立ち合う″わけではない。
舞は、涼子との会話を楽しむことにした。
「…このマカロン、美味しい」
一口齧った舞は、目を広げた。
レモン、イチゴ、コーヒー、キャラメル…色とりどりのマカロンの味は、知っている他のケーキ屋のものより美味しく感じた。
「でしょう!ここのお店、ケーキも美味しいんだけど、食後のお茶にはこのサイズがちょうどいいかなって、マカロンにしたの。今度はカヌレとかも買ってくるから」
こんな他愛もない話がしばらく続いた。
家政婦の仕事のことを尋ねられたり、警察の仕事の愚痴を聞かされたり、思っていたより涼子の話は普通であり、そして長く続き、紅茶も二杯目のおかわりをしていた。
話を聞くのは一向に構わない舞だったが、何故自分を話し相手にしたのか、涼子に尋ねた。
「ん?そうねえ、何となく、舞さんなら話しやすいかなって。私、お友達少なくて、こうして部屋で二人きり、女同士語れる人が欲しかった…っていうところかな?あ、でもこれ業務外か!」
「あ、いえ、構いません。いつでも、お帰りになられた際は、お話聞きます」
「…ありがとう。じゃ次帰ってきた時は、あなたのことも教えてね」
そう言う笑顔の涼子だが、その目は少し寂しそうにも感じた。
交わした回話は特別なものではなかったが、最後の顔を見て、涼子という人は、何か重いものを背負っている…または秘密を隠している、そんな感じがした舞だった。
――やっぱり、気になる謎のお嬢様だ…
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