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「また来週」
その言葉が嬉しくて、たまらなくて、シチューを食べた時みたいにお腹の中が温かくなった。
ゆるんでしまう顔を、なんとか引き締めて駐車場に入ると、お母さんが立っていた。
「千弦」
と短く言うと、大股で距離を詰めてくる。肩をぎゅっと掴む。魔法にかけられたみたいに体が動かない。
「あなた、どこに行ってたの」
両手で体を揺らす。目の奥が真っ黒だ。奏太君の目とは全然違う。
「そろばん教室の先生に聞いたわよ。二時間もやってるクラスなんてないって」
お母さん、本当は見てほしいものがあるの。
聞いてほしい話があるの。
「千弦はクラスの級が上がって、一時間開始がずれたって」
お母さん、怒らないで。お母さん、がっかりしないで。
「あなた、この一時間、どこに行ってたの。何をやってたの」
私は、ポケットの中に手を入れた。そこにあるはずのない卵を握った。ばれないように、割らないように、でも、お守りのようにしっかりと握りしめた。
「正直に言いなさい。千弦!」
パキパキっ。
何かが割れるような音が頭の中に響いた。殻を破って、何かが生まれるような音だった。
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