グリフォン

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グリフォン

ここは東京都中野区、都会の喧騒から一歩外れた場所に、警視庁の科学捜査研究所が静かに佇んでいる。外観は無機質で、一見すると普通の研究施設に見えるかもしれない。しかし、その中で行われているのは、犯罪の闇を解き明かすための厳密な科学捜査だ。 建物の中に足を踏み入れると、すぐに緊張感が漂う空気に包まれる。ここでは、時には人命がかかった犯人捜査が進行中であり、一瞬たりとも油断は許されない。 廊下には、最先端の分析機器が並び、専門家たちが真剣な表情で作業に取り組んでいる。彼らの手元には、犯罪現場から送られてきた証拠物件があり、その一つ一つが事件の真相に繋がる重要な手がかりだ。 研究所の一室では、今日も新たな事件の捜査が始まったばかりだ。犯人の特定に向けた分析を進めている。彼らの顔には、犯人を逮捕するという使命感と、被害者に対する責任が刻み込まれている。 窓の外は静かな夜景が広がっているが、科捜研の中では、時が止まることなく、捜査は進行している。 科捜研の敷地には、ホテルサウナが忠実に再現されていた。捜査協力している岡亦エージェンシーあってのものだねだ。 科捜研の矢作恒彦刑事は実験の主任である教授と共に、その場に立っていた。 教授は、白衣に身を包み、眼鏡越しに真剣な眼差しで実験の進行を見守っていた。彼の手元には、グリフォンの最初期モデルが置かれていた。 岡亦エージェンシーの美術部が時代ドラマを撮る小道具として保管していた。 「矢作さん、この実験が成功すれば、事件の真相が明らかになるでしょう。」教授は静かに言った。 矢作はうなずきながら、教授の手際の良さに感心していた。彼の方法は、科学的で論理的で、何よりも正確だった。 「では、始めましょう。」教授は、アシスタントに合図を送った。 実験は、ホテルサウナの温度、湿度、間取りを完璧に再現し、グリフォンのリチウムバッテリーがどう反応するかをテストするものだった。 アシスタントたちは、慎重にセットを操作し、サウナの状態を再現していった。そして、教授の指示で、グリフォンをセットの中心に置いた。 数分が経過し、皆の目はグリフォンに釘付けになった。 スタッフが固唾をのんで見守るなか担当係が交流サイリスタのダイアルをゆっくり回していく。 100㎃、200㎃…電圧メーターの震えが緊迫した空気とシンクロする。 模擬実験用に量産したサンプルはリハーサルでことごとく発火した。 本番と違うのはグリフォンのプラスチックケースだ。部品の接着剤に有機溶剤であるヘキサンが使われている。 これは人体に有害なので最後まで取っておかれた。 また岡亦エージェンシーの要望で発火寸前に停電する約束になっている。 グリフォンは再現ドラマの貴重な小道具なのだ。 「? 温度があがりませんね」 担当係が手を止めた。電圧は1200㎃を越えている。リハーサルではとっくに燻ぶっているころだ。 「化学的な阻害要因があるのか?」 教授は首をひねった。 「C6H6とC6H14。水素の数は違いますが、炭素の差が意味を持ちます。」 「つまり大して変わらんってことか」 「はい、矢作さん。強いて違いをあげるならGOEMONのバージョンです」 教授が科捜研で複製したウィルスのソースコードを見せた。 ヤバい部分は安全なコードで解毒してある。 「そっくり再現しろって長谷部さんに言われたじゃないですか!」 矢作が声をあらげた。 「本当に燃えたら弁償ですよ?! 連帯責任ですよ。みなさん」 岡亦エージェンシーの営業がヒステリックに叫んだ。 「チーム長がかぶればいい」 矢作はにっくき長谷部の顔を思い浮かべた。 「それで拙い箇所ってどうヤバいんだ?」 教授は十秒ほど遠くを見つめて声を潜めた。 「ハンパないIPパケットを飛ばすんですよ。宛先があて先なんでサイバー攻撃を疑われないよう無効化してあります」 「それを早くいえ」 矢作刑事はGOEMONのオリジナルソースコードを要求した。 IP:44.86.62.92 「カリフォルニア州サンディエゴ校のアジア戦争史非公開アーカイブ(AHCA)です。こんな所に日本から攻撃をしかけたら大ごとですよ」 教授は顔をしかめる。 「GOEMONは改造を重ねたウイルスだと言ったな? この部分はいつごろからある?」 「はい。ソースのコメントにある通り2007年8月です」 「2007年、須賀の命日が8月29日だ」 矢作は思い当たったらしく捜査資料をめくる。 「しかもそれ、エノラ・ゲイの機体番号ですよ」 「!」 矢作はギョッとした。 「そんな怖い顔をしないでください。AHCAはカリフォルニア大学がマンハッタン計画に参加した功績を記録するために創立されたんです」 「だからエノラ・ゲイか。何を考えてるんだ。取り合えず正規のGOEMONを使え!」 「矢作さん!」 教授の前にドンっと始末書の束が置かれた。長谷部の署名がはいっている。 「ちょwww」 クールな顔面筋肉を完全に崩壊した。 実験は再開された。 だがバッテリーの温度が微妙にあがるものの、リチウム電池の発火点には程遠い。 そうこうする内にAHCAからサイバー攻撃の苦情が来た。 ”日本の捜査機関がWWⅡの映像記録に今さら何の用があるのか”と。 グリフォンのスピーカーがブンブンと唸り始めた。 「際立った周波数が検出されています。これはなんでしょうか?!」 実験スタッフがオシロスコープの波形を示した。 44.866292ヘルツ。 これは航空機のエンジン音で聞く者にとっては心地よく、トラウマを抱える者は圧し潰される。 「AMSR?」 若い女性スタッフが反応した。 「おお、なんか良さげじゃん」 同年代の男性が身を乗り出す。グリフォンを見つめて身体を揺らす。 すると内蔵カメラのLEDが赤く灯った。 そして彼らにフォーカスすると液晶画面にめまぐるしくバナー広告を映した。 次から次へと購買意欲を刺激する。 「Oh! YAH~フーッ!」 男はヒップホップを踊りながらグリフォンに手をのばす。 「やめるんだ!」 教授が駆け寄ろうとするが、矢作が羽交い絞めする。 「矢作さん!?」 「やらせておけ!」 「あんた、人でなしか!」 教授が怒鳴り声をあげた。 「うるせぇ。ちょうどいいところなんだよ」 矢作が始末書の束でひっぱたいた。 「セイ、セイ、セイ♪」 男はグリフォンをタップしまくる。 電圧計はうなぎのぼりだ。1400㎃…1500㎃……2000。 「とおっ!」 矢作が横っ飛びにタックルした。 男を抱えて転がる。 そして、その瞬間、グリフォンから火花が飛び散り、炎が上がった。 「発火しました!」アシスタントが叫んだ。 教授は、満足げな表情でメモを取り、長谷部に向かって微笑んだ。 「これで、事件の真相が一歩近づいたと言えるでしょう。」 「まだ早い」 矢作は化学分光器の担当スタッフに近づいた。これは光学的に物質の成分を分析する器具だ。そして発火した煙を調べるよう命じる。 「1200㎃…を越えた頃からヘキサンの放出濃度があがっています」 スタッフは折れ線グラフを示した。 「そういうトリックか。スマホの消費電力があがった程度では発火しない。安全回路がついているからだ。だが、ある特定のパターンを操作するとCPUが異常負荷に耐えきれなくなり、セーフティープログラムの処理がおいつかなくなる。GOEMONはDDOS攻撃を行うことで負荷を稼いでいたんだ」 「しかし矢作さん、疑問が残ります。なぜ、だったんです?」 教授は須賀や高梨エリコら犠牲者を結ぶ点と線が見当たらないという。 「おっと、これの出番だな」 矢作は長谷部から預かったプリントアウトを放り投げた。 エリコが殺される直前までアクセスしていたログだ。 エコロジー・エコーという環境系のネットラジオ番組である。 「須賀が死んだ日にどんなコンテンツが流れていたか知らんが、そこは岡亦エージェンシーに頼るしかない」 「犠牲者の共通点はリスナーである可能性。その番組には共通の周波数成分が含まれている」 矢作は教授の冷静な分析と、科学の力によって解明されつつある真実に感動していた。 「教授、ありがとうございます。これで、被害者の無念も晴らせるでしょう。」 二人は、再現実験の成功を確認し、次のステップへと進む準備を始めた。真実はもうすぐそこにあった。 「ちょっと、いいっすか」 さっきの男が手を挙げた。 「何だ?」 矢作は燃えさかるグリフォンを一瞥した。 「消さないと、ヤバいんで。あの、おれ、消化クワッ…」 男が廊下に出ようとした途端に開いたドアからボンベが飛んできた。 見事に命中し床に脳漿が飛び散る。 「おいっ!」 矢作はとっさに拳銃を抜いた。 岡亦エージェンシーの立会人がにやけている。 「どうされました?」 カチッ、カチッ。引き金の音がむなしく響く。 「弾はこっちですよ。預かっておきました。物騒ですのでね」 「この野郎!」 とびかかる矢作を軽くいなし、鉄扉の向こうに逃げる。 「おいっ、開けろっ!」 びくともしない。 そうこうする内に火は天井を舐め始めた。 「冥土の土産はさしあげましたよ。貴重品と一緒に」 立会人のくぐもった笑い声が漏れ聞こえる。 「こっちです」 教授が非常階段のドアを開けた。 床が濡れている。 「伏せろっ!」 矢作が警告する間もなく教授は炎に包まれた。
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