膨張

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 コンロの火を止めた。ヘラを使ってうまいこと、ベーコンを皿の上に盛り付ける。ああ、素敵じゃないか。勘違いしたインスタグラマーがフィルターをバリバリに使ってよく載せてるよ、こういうプレートを。おしゃれ。自分で作ったとは思えない。いや、確かに作ったんだけども。彼もスマホの画面の中でこれを眺めるより、目の前でほかほかしているのを見たほうが、ちゃんと私が作ったって信じてくれるだろうし。  これを一目見たとき、彼はどんな感想をくれるだろうか。美味しそうだね、そうでしょう頑張ったもん、別に性別でどうのこうの言うつもりはないけど料理のできるやっぱ女の人は魅力的だな、それって私のことなのイヤーン。ああ、自分で妄想してて恥ずかしくなってきた。いい歳だというのにまだまだこんなトロトロ半熟な考えを生み出せる私も、ちょっとこんがりと焼かれてきたほうがいいかもしれ――  アホなことを考えていた刹那、バァン、という大きな破裂音が耳を突き抜けていった。  音の鳴った方へ無意識に首が向いたとき、まさにその瞬間、冷蔵庫の上に置いていた電子レンジの扉が一度魔物の口のように大きく開いたあと、力なくゆっくり閉じてゆくところだった。濃紺色の冷蔵庫に散らばる卵の黄身と白身が、真夜中の星空のようで、いとをかし。どうでもいいけど、実際に夜空に浮かぶ星ってあんなに黄色くなくない? 嘘じゃんそんなの。目の前に広がるこの状況は嘘であってもらいたいけど。  電子レンジの中で炸裂したゆで卵爆弾。私はその恐ろしいさまを、ぎょっとしながら見つめることしかできなかった。電子レンジの庫内で立ち上る湯気の向こうに見えたのは、その身を四方八方に散らした、かつて「ゆで卵」だったものの残骸だ。真っ赤な血飛沫だったら卒倒していた自信があるけど、今の電子レンジの中は、保育園児が本能のままに描いた絵みたいに、なんともサイケデリックな様相を呈している。    どうして。  だって、レシピ通りにやったのに――。    なんだなんだどうした、と彼が寝室から駆けてくる足音を聞きながら、私は力なくその場にへたりこんでしまった。
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