膨張

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 まるで雷に打たれたようだった。  誰に対しても心の扉をフルオープンにすることなく、何重にも設けたセキュリティチェックで9割の人間をはね返していた私が恋に落ちたのだ。ビビビッときた……なんて腑抜けた擬音では表しきれない、まさに衝撃的な出来事である。  まあ別に言い表し方はさまざまあるし、核爆弾が落ちた……とかでもいいんだけど、何が火種になるかわからない世の中だ。恋などという快楽的衝撃的絶対的な事象を雷で(たと)えた私のこの心遣いはどうですか。ちょっと嬉しくならないですか。なりませんか。そうですよね。  自問自答を繰り広げながら、パチパチと油がはじけるフライパンを前にしつつ、ヘラを持つ右手に視線を移す。今もこの手にぴりぴりと、電流が走っているような感覚がある。きのう彼に触れた手。彼に触れられた私の身体。  昔から相手が誰であろうと自分の身体に触れられたとき嫌悪感しか抱かなかった私は昨日、彼の身体から伝わる温もりを求めてやまなかった。できるだけ多くの部位で、それでいて長い時間、彼の存在を感じていたいと思っていた。一晩明けた今も、少し緩やかになったその感情は、まだ私の端っこの部分に残っている心地がする。  もう、だめなのだ。彼が近づいてくるだけで、きっと私は重く冷たい鉄の扉を自動ドアみたいに開いてしまう。ずっと一緒にはいられないと分かっていながら、一分一秒でも長く一緒にいたいと願ってしまうことの愚かしさと尊さが、風に吹かれてくるくると回るような感覚。  やっぱり恋をしていると、あらためて認めざるを得なかった。
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